2011年1月3日月曜日

いちごボーイ(8)

「素敵!すっごい、似合うわ。いちごちゃんに…ああ、そのせいで4月から少しずつ、髪を伸ばしてたのね? ダンサーさんらしくなるために」
「そうなの。これじゃ、カルメンよりもドン=ホセかエスカミーリョか、って短さだものね。…って、え?」

今度は、いちごちゃんが、私に負けないくらい、ううん、もう負けてるけど、星の入りそうな大きな瞳を私に向けて、驚いた顔つき。
「金沢さん…、私のこと、4月から知ってて、見てて…くれたの?」

コクン。

もう、何を隠してもしかたない気が、私はしてきた。
「入学式の直後よ。…あまりにも可愛くて綺麗で、目に焼き付いて、離れなかった。だからね、きっと、スペインへ行っても、どこの国へ行っても、貴女はきっと、たくさんの人に恋をされるわ」
「…金沢さんも、恋してくれた…?」
いつものいちごちゃんらしくない、ちょっと、不安そうな声。
「…ばか」
さすがに恥ずかしくなって、私は真っ赤に頬を染めて、椅子の上でくるん、と90度回転。いちごちゃんに背を向けた。

「ね、教えて?…私、一番心配なんだもの。一年の間、離れていて、日本に帰ってきたら、金沢さんが誰かと…男の子と、女の子とでもね、恋人同士になってたら、って…」
いちごちゃんの唇から、そんな言葉が出てくるなんて!
嘘っ。

「そんなこと、ないっ!」
気づいたら、私は叫びながら、またくるっと90度回転。
そうしたら、いちごちゃんまでこちらに回転していて、座りながら向き合う形になってしまっていて、ちょっととまどったけど、でも、言わないと。
「なんで、そんな取り越し苦労みたいな事、言うの? 私のこと、バカにしてるみたい! 私、誰かから好かれるような魅力なんてないし、それに、それに、私、私の方が先に、いちごちゃんの事…」
「事…?」
悪戯っぽく、でもちょっと安心したように、いちごちゃんは首をちょっとかしげて、私を見つめる。

ああ、もう、なんて!
でも、仕方ない。
誤解されたくないし、それに、こんなに魅力的なんだもん、いかにもラテンの血に反応する人っぽい。
そんな彼女に恋してしまった私も、一蓮托生ってわけだわ、んもう。

地学準備室の入り口ドアには、茶色く日に灼けた鉱物の一覧写真が貼ってあり、外からは見えない。
座ったまま、私は柳の枝みたいにたおやかないちごちゃんの背中を抱き寄せて、一瞬だけキスをした。
すぐに、いちごちゃんも私の背に手を回して、甘い苺の香りを唇に乗せて、お返ししてくる。
ほんとうに、数秒もたたないキスだけれど、それだけで、お互いにわかってしまった。
『これは、一年後、変わらずまた逢うための約束よ』…って。

結局、二人ともお弁当は食べはぐって、重たいバッグのまま、駅へ帰った(お母さん達、ごめんなさい)

「一年経ったら、私、18歳で帰国するんだわね。4月産まれだから。『18歳未満、お断り』の所へも、お出入り自由よ。そしたら、金沢さんをつれて、あっちこっちcita(シータ。スペイン語でデートのこと)へ行っちゃおう。うふふ」
「なぁに、どこ? 18歳未満じゃ行けない所って…」
ほくそえむいちごちゃんに、真顔で私が聞くと
「知りたい? 金沢さんのそういう所、私、可愛くて大好き!」

周りに誰もいないとはいえ、通学路の真ん中でそんな大胆な事を言ういちごちゃんは初めてで、お昼のキスで、私が変えちゃったような気がして、
「知りたくなんか、あ・り・ま・せ・ん!」
あわてたら、私までつい、大声になってしまった。

いやだ、私ったらバカっ。
でも、いちごちゃんが、心から楽しそうに笑って聞いてくれたので、ま、勘弁しとこうか。
本当の素敵な答えは一年後、ってことで、ね。
                             ~いちごボーイ・fin~

いちごボーイ(7)

梅雨らしい校庭の景色を横目に、皆で三々五々集まって、お弁当の包みを広げていた時。

「ちょっと、聞いた!? 山階(やましな)さん、二学期から留学しちゃうんだって!!」

「えーっ!」「嘘でしょ?」「やだーっ!」
陳腐な驚きの台詞を口々に叫ぶクラスメイトの中、素知らぬふりをしながら、きっと、一番驚いていたのは私だったろう。

山階さん、というのは、いちごちゃんの名字。
あと一ヶ月足らずで会えなくなる…というショックが、一つ。
それから、もっと大きなショックは、その事実が私に伝えられていなかった…本人から…と、いうこと。

 (思っていたより、親しくなんか、なかったのかな…私と、いちごちゃん)
そう思うと、目の前のランチョンマットがじわり、とにじんで、赤いギンガムチェックがゆがんだ。
唇を咬んで、こらえようとしても、睫毛を伝うように、ポロポロと涙がひとりでにこぼれて、止まらない。

「え…金沢さん…?」
近い席の誰かの声が聞こえたとき、廊下からいちごちゃんがつかつかと教室に入り、ダンスの時みたいに、私の手を繋いで、連れ出してくれた。
ううん、あの時と違ったのは、衆人環視のもと、私たち二人が堂々とクラスを抜け出した事だった。

今日は、地学準備室。ドアを後ろ手にパタンとしめて、鍵をかけるいちごちゃんの姿は前と同じ。
でも、目の前のいちごちゃんは、留学しちゃうって話で、私はべそかきが収まらなくて。
「聞いちゃった…?」
ちょっと申し訳なさそうな、いちごちゃんの声。
コクン、とかぶりをふるので、私は精一杯。
「…ごめんなさい。…本当は、私の口から金沢さんへ、一番に言わなきゃ…って、そう、思ってた。スペインへ一年間行く話が決まってから、ずっと。心の隅にいつもしまってあったの」
「スペイン? 一年間?!」
「…ええ。あ、聞いてなかった…?」
タヌキみたいに泣きはらした目を、思わず見開いて、もう一度私はコクン。

「ああ、じゃあ、少しは良かったわ。今さっき、職員室へ最終決定の報告に行ったとき、誰か物見高くて信憑性の低いお話好きさんが、覗きにきてたみたいで。でも、金沢さんには、私からちゃんと話せるのね!…よかった」
二人して、古びた背もたれのない木の椅子に並んで座り、話は続く。

「ね…山階さ、いえ、いちごちゃん。どうして、スペインなの?」
思い切って私が、聞きたくてたまらないことをぶつけると、いちごちゃんは私を覗き込むように微笑んで
「うん。わたしね、半年前に目覚めちゃったの。本牧の、叔母のバールで」
「???」
「ここへ推薦合格が決まってから入学までの間、ちょっと家ぐるみで内緒の工作を中学にしてね、横浜の本牧で叔母がきりもりしてるスペイン料理店で、バイトしてたの」
「中学で?!」
「もちろん、年バレしないように、お化粧して、カウンターから外へは出ないように用心してね」

その、いかにもいちごちゃんらしい、悪戯っぽい体験談に、私はすっかり引き込まれた。
「そしたらね、出会っちゃったのよ!…何だと思う?」
私には、ダンスをするいちごちゃんが、すぐに浮かんだ。学校の授業や素質だけではない、美しい原石が磨かれつつ、もうすぐ宝石に形を変えようとするような…
「フラメンコ?」

『Claro!(クラーロ!=スペイン語で「もちろん!」の意)』
にっこり笑うと、いちごちゃんはやおら立ち上がり、制服のボックスプリーツをひょいっとたくし上げると、上履きがハイヒールに変わったかのように、情熱的に踊って見せてくれた。
この間のクールな「剣の舞」とは違う、いちごちゃん曰く『conmovedor(情熱的)』って言われたい、という華やかで熱い、踊りだった。

2011年1月2日日曜日

いちごボーイ(6)

ダンス授業後の一件の後も、特に私といちごちゃんの間柄は、変わらなかった。
…そう、クラス内、校内では。
「おとりまき」が嫉妬丸出しで変な気を起こしては困ると、いちごちゃんが気を遣っていてくれたおかげらしい。

ちょっと変化があったのは、電車通学の行き帰り。
私の姿を認めると、さりげなく近づいてきてくれては、他愛ないおしゃべりをしてくれるようになった。

それが嬉しくて、でも、彼女みたいに器用にはできなくて、私も、英単語や古文の小冊子を手に、いちごちゃんの方へそうっと寄っては、語句の意味を聞く振りをして、話を少しずつするようになった。

「私ね、変わりたいのよ。どうってまだ分からないんだけど、とにかく、今の自分に安穏としているのが嫌」
完璧にしか見えないような居ずまいで、いちごちゃんはつかえを一気にはき出すようにしゃべる。

「…じゃあ、私と入れ替わって…? 勿体ないわ、そんなに綺麗だし頭もいいし、それに…」
言ってから、それは不可能だと改めて思い知らされて、自分で落ち込む私に
「いいわよ。私、金沢さんになら、入れ替わってもいい。落ち着いていて、まじめで、他人にぶれなくて」
「そんな、…買いかぶり過ぎよ、私なんか…」
「そうかな? 少なくとも私は、本心でそう思ってるんだけど」

いつの間にか、季節は青葉と五月雨の頃に移っていた。
先だって返された中間考査では、体育(ダンス)で私にとって小学校以来最高の点がついていて、驚いた。
そして、制服は冬から夏への移行期間。
セーラーから胸当てがなくなり、薄く薄く浅葱色が入った服地に、濃紺の取り外し自由な水兵襟には、このあたりの学生や地域の方々に憧れのまとの、純白のラインが二本。たっぷり布地をとったスカーフは学年別に色分けされ、私といちごちゃんは、一年生の白だった。
夏服も、いちごちゃんのためにデザインされたかのような、清潔で爽やかな色合い。
隠れたおしゃれなのか、標準服のストレートなブラウスのラインよりも、ちょっとダーツを両脇にとって絞り、ただでさえ華奢なウエストラインが、この上なく優美に見える。

「こんなにセーラー服の似合う素敵なひとが、男子扱いされてたなんで…信じられない」
「え? …ありがとう。金沢さん、独り言だったんじゃない? 今の。…でも、嬉しいな」
昇降ドアの長いスチール棒につかまりながら、私の真っ赤な顔をのぞき込んで、いちごちゃんは、バカにしないでにっこり、微笑んでくれた。

…そして、一番変化が大きくて困ってしまったのは、私の心の中の嵐だった。
あの、社会科資料室の一件から、私のいちごちゃんへの思いは、どんどん邪に傾いている。

一瞬の、抱きつかれたときの香り。押しつけられた(故意でじゃないだろうけど)胸の柔らかさ…スリムだと思っていたのに、予想以上のボリュームと形の良さが、私の頭からはなれなくなってしまった。

私は…痩せてるとはとても言えないけど、でも太ってるわけでもないので、胸はいちごちゃんより、サイズ的にはあると、思う。でも、あんなにつんと引き締まって、でも押し返してくるような弾力があって…
『大きければいい、ってもんでも、ないのよねぇ』
お風呂場で、着替えで、一人の寝室で、そんなことばかり考えるようになってしまった。
『ブラで、横を寄せるやつ、買おうかなぁ…』
ふっと口にだしてから、はっと自分のエロ思考に気づき、ぶるぶると首を横に振りまくる。

あー、そして、エロ思考と言えば。
毎晩、いちごちゃんのことを考えないと、私、眠れなくなってしまった。

頭の中で、社会科資料室の事をトレスする。
だけならばともかく、週末で宿題や復習に余裕がある時は、その後を勝手に想像するようになってしまった。
つないだ手と手が、やがて指を絡め合い、腕がゆっくりと上げられ、互いの指に口づける…。
つややかな髪をなで、かぐわしい香りをだきしめるようにかぎ、漆黒のショートヘアにも口づけて…。

そんなこと、実際は度胸がなくってできないのにーっ!
でも、一人きりの妄想の中では、できてしまう。不思議。
…そ、…それで、森鴎外の「雁」を前に読んだ時、中学の保健体育で男子がするようなこと、女の子もそんな昔から、お布団の中で一人でしちゃうんだー…! って、びっくりしたんだけど(罪な本だと思う)

私、誓って言いますけど、いちごちゃんにだけ、初めてそんなエロい感情を抱いたんだけど、でも、してません!!
…だって、私一人の妄想の中でさえ、いちごちゃんを汚したくない、んだもの。
(この誓いがいつまで守れるか、本当の本当はちょっとだけ揺らいでるけど、私、頑張る!まだ高1だし)

こんなバカっぽい事を一人で私がうだうだ考えてる間に、実はいちごちゃんは、もっともっと大きなすごい事を考えていた。
それがクラス中にわかったのは、みんなの夏服がやっと板に付いてきた、7月の始めの事だった。

2010年12月31日金曜日

いちごボーイ(5)

体育が終わり、ぞろぞろとクラス全員がロッカールームへ戻っていく。
平静を装いながら、私は、自分だけにわかる高揚感と達成感をかみしめていた。

いや、「自分だけにわかる」と…思っていた、はずだった。

はずだった、のに。

廊下の片隅に小さなスチールの棚が並べられただけの、ロッカールーム。
自分の制服を吊り下げてある番号の場所へいこうとした途端、私は、手を勢いよく引っ張られた。
すぐ手前の、社会科資料室のドアが素早く開けられ、誰かが私を引っ張り込んで、ドアと鍵を閉めた。

その相手を認めた途端、私は目を丸くして固まった。
なんと、いちごちゃん一人きりしか、そこにはいなかったのだ。

「金沢さん! …あなたって、あなたって、すごい人だわ!」
私がいちごちゃんに言うべき言葉が、つやつやしたラズベリー色の唇から飛び出てくる。
「私、私ね、あなたのダンスを見てる間じゅうずっと、自分の心の中を形にして見せてくれてる…って、そう思ってたのよ。私の心、どうしてあんなにわかってしまうの?」

そこまで一気にしゃべって、ほっと息をついたいちごちゃんに、私は初めて口をきけた。
「…あの、あのう、あれは私の心で…もっさりして、何のとりえもない私が、なんとか変わりたいと思って…それを表現したら、ああなるかなって…」

その時、私は初めて気づいて、はっとした。
いちごちゃんは、ずうっと私の両手をぎゅっと握りしめたまま、しゃべっているのだった。
もちろん、私から離す気は、さらさら起こらなかった。
むしろ、このまま永遠に気づかないまま、手を握っていてくれたらいいのに、と、密かに願った。

「…そ、そんなことより、私はあなたのダンスの方が素晴らしくって、見とれっぱなしだったの。ダンスと言うより床運動みたいにハイレベルで、でも曲に合ってきりりとした動きで…いちごちゃんって、本当にすごいなあって…」
『いちごちゃん』?

わっ!
誰にも言ってない呼び名、よりによって本人の前で言っちゃうなんて!
あわてて、私は自分の口を両手で押さえようとしたけれど、できなかった。
だって、いちごちゃんが、まだぎゅっと両手を握りしめながら、興味津々といった表情で私に顔を近づけてくるんだもの。

私、汗臭くないよね?
体育の直前に、ロッカールームでデオドラントペーパー、使ったもん。

「それって、私のこと?」
もう声にだして返事もできず、手を握られたまま、輝く瞳に向かってコクン、とうなずく。

「うわ…うれしいー! そんな可愛いニックネーム、初めて。私」
「えっ、うそ! そんな綺麗で顔が小さくて、ショートカットで可愛いのに」
思わず、言わなくてもいいニックネームの由来まで、驚くあまりに私はしゃべってしまった。
「私、今まで男だ男だって言われてきたの。それが嫌で女子校に入ったのに、周りを囲んでくる子は何だかボーイフレンド代わりの目で見てくるようなのばっかりだし。いちご? 嬉しい!ありがとう、金沢さん」

その後の事は、夢だったかもしれない。よく覚えていない。
ずっと繋がれていた手が離れ、あ、と惜しむ間もなく、いちごちゃんがぎゅうっと抱きついて、離れて、風みたいに鍵とドアを開けて、出て行ってしまったから。
見た目よりずっと柔らかな胸の感触と、本当にいちごみたいな甘い香りを残して。

綺麗だけれど、決して男みたいだなんて思えなかった。
今も、思えない。
同性として、女子高校生として、私は前にも増して(当然ながら)いちごちゃんのことばかり気になるようになってしまった。

2010年12月30日木曜日

いちごボーイ(4)

クラスメイト達のダンスは様々で、私でさえ見ていて飽きなかった。

自分の好きなアイドルの振り付けを取り混ぜて踊る子、もちろん、BGMはそのアイドルの最新ヒット曲。
いつもは結ばない髪にリボンを飾って、「くるみ割り人形」の曲に合わせ、操り人形のような可愛らしい振り付けを考えて踊る子。
話題の朝ドラのテーマ曲に合わせて、コミカルな動きをして皆を笑わせる子。

普段、いちごちゃん以外の人にほとんど興味を持たなかった私にとって、一人ひとりの表現は彼女たちの好みや性格を教えてくれているようで、発見の連続だった。

無論、ダンスなど好きそうではなく、普段のマット運動の延長に、教師から借りた適当なイージーリスニングの曲をかけ、すませてしまう子も何人もいた。
そうだろうな、と、それもまた私を納得させた。

さあ、いちごちゃんの番だ。
この一分間は、まばたきもしない覚悟で、私はマットの上へ目を凝らした。

曲がかかる前に、いちごちゃんは教師に凛とした声で告げる。

「私が、フロアからマットに駆け込んで、両足とも乗った頃に再生ボタンを押してください。だいたいでいいですから。お願いします」
体の線にぴたりとあった、薄紫色の上下のジャージ。くっとくびれたウエストには、それより気持ち濃い菫色の薄いスカーフが巻かれている。

こんないでたちで、こんな注文を言ったのは、いちごちゃん一人。
女の体育教師は真剣な顔つきでうなづき、クラスの皆は、息をのんでいちごちゃんの一分間が始まるのを待つ。

タン!
フロアから勢いよくマットに躍り込むと同時に、かかった曲は「剣の舞」。

いちごちゃんは、マットにのるやいなや、側転の連続技からダンスを始めた。
ほうっ…、と、体育館中にため息が広がる。
曲が流れているときは、ターン、ポーズ、スピンに柔軟技。
止まるときは、立ったまま上半身に高さの変化をつけて、ポーズしたまま静止。
勢いのあるフィニッシュでは、マットの端から端まで駆け抜けて、バック転とロンダードで曲の編集分、1分間きっかりでしめくくった。

一瞬の、静寂。
それからすぐに、割れんばかりの拍手と歓声と、級友が駆け寄って取り囲んで、いちごちゃんを包む。
CDプレーヤーの傍では、腕を組んで(やれやれ、しばらくはこのまま許しておいてあげましょう。あれだけの技をみせつけられたんじゃね)…とでも言いたげな、女教師の姿。
私は、心の中でありったけの拍手と賞賛を贈りながら、そのどちらにくみするわけでもなく、壁の傍に体育座りをして、普通に拍手をするにとどめておいた。

それから、数人後。私の番が来た。

いちごちゃんの、あれだけすばらしく綺麗な技を見てから、かえって私の心は落ち着いていた。
逆立ちしたって、真似しようたって、もとがちがうし技術もちがう。
なら、自分は自分のダンスをするしかない、のだから。
地味な自分のダンスなぞ、誰も気にやとめない…それも、プレッシャーがなくてありがたかった。

「金沢さん、曲は? 提出されてないようだけれど」
「曲は、使いません」
教師の問いにそう答えると、私は、一礼してマットの中央へ歩んでいった。
曲を使わないのは私一人だけらしく、クラスの皆はざわざわとしだした。

しゃがみ込むようにして、私は頭の上で闇雲に両手を動かす。
顔をしかめるようにしながら、重たい、うるさいもの全てに抵抗している振り付けを繰り返す。
始めは、弱々しく。
でも、次第に、手に力をいれるようにして、だんだん立ち上がってゆく。
自信のない私よ、変われ。
訳の分からない闇よ、消えてしまえ。
この得体のしれないトンネルから抜け出て、私は明るい世界に出て、自由になるんだ!
…あまり得意ではない私でもできるような前転技とポーズをいくつか織り交ぜ、最後は太陽に向かって胸をひらくように、片膝を立てて両腕をYの字のようにして、終えた。

予想通り、クラスメイトからは意外そうな表情と、それにしてはパラパラとした程度の拍手。
でも、私は嬉しかった。
ほぼ、自分の思い描いていた通りに1分間、演じることができたから。

そして、もう一つ。
数少ない拍手組の中に、なんと、あの、いちごちゃんがいたから。

2010年12月27日月曜日

いちごボーイ(3)

いかにも女子校の体育だな、と私が思ったのは、ダンスの時間の多さだった。
目尻が気持ちきりりとつり上がった、勝ち気そうな若い女の体育教師の指示にしたがって、クラスの皆がそれぞれに体をほぐしたり、動と静を繰り返したり。
次は流れてくる音楽に合わせて、好き好きに動いたり、小走りに体育館のフロアを駆けたり。

いつもの学校指定のジャージ姿でも、はにかんだり、シラけたりしながら授業を受けていたクラスメイトもいた。
見た目から言えば、私も本当は、そっちのグループにいた方が似合っていたかもしれない。
でも、男子が見ていない気安さと、運動神経はよくなくても体を動かす楽しさを感じ始めたせいで、いつのまにか、私は普段の体育より真剣に取り組んでいた。

単元のまとめに、課題が出た。
「次の時間、1人1分間、自分で自由に考えてダンスを発表しなさい。音楽や効果音は自由、なくても構いません」
えー、キャー、やだ難しいー、などの声が予想通り体育館に響き渡る。
その中で、不思議に私の心は、すぐにテーマを決めていた。
(今の、ありのままの自分を踊ってみよう。今は自分に自信が持てないけど、いつかはこの暗い心の闇を抜け出してみたい。…あの、あこがれのいちごちゃんのようにはなれなくても、少しでも近づきたい!)

どんな風に手や足、目線から体全体までを動かしたら、人に分かってもらえるだろう。
…いや、人がどうというより、自分で自分の動きと心がシンクロできているか、納得できるだろう。
授業では練習の時間などなく、私も他の子たちと同じように、家に帰って自分の部屋でこっそり練習していた。

集中しているはずなのに、つい、とかすめる思いは、いつも同じ。
(いちごちゃんは、どんなダンスをするんだろう…?立っているだけでも絵になるくらい、綺麗な子…)
その都度、想像しようとしてもできないくらい、何だかドキドキしてしまった。
自分のダンスと同じくらいに。

そして、次の体育の時間、一人ひとりの創作ダンス発表会が始まった。

2010年12月1日水曜日

いちごボーイ(2)

いちごちゃんを遠くからでも見ていられるなら、電車での通学も私にとっては苦にならなかった。
本当はいつまでも布団の中にいたい性分の私が早起きするようになり、家族は驚いていた。
いや、一番驚いていたのは、私自身かもしれない。
こんなに、誰か1人に心を奪われてしまったことは、いままでなかったもの。

いちごちゃんは、ボーイッシュな見た目通り、体育の授業では何をやっても万能。
私はといえば、太めのもっさりした体が示す通り、何をやってもパッとしない。
かといって、見学を決め込む狡猾さもなく、まだ顔と名前の一致しないクラスメート達にクスクス笑われながら、レシーブを決められずにコートへ落としていたりした。
そんな時も、いちごちゃんは、私を笑うわけでもなく、無表情に近い態度。
(眼中にもない、ってことなのかな…)
そう自分で考えるのは悲しいけれど、やっぱり私にはそうとしか思えなかった。

あの、たった一時間のダンスの授業の時までは。