助手席で、リマは夜景を眺めていた。
小さな盆地だけれど、それでも広がっている光の粒々はやはり美しく輝いて見え、
ありていな言い方だが「宝石箱をひっくり返したよう」な、景色だった。
「どう? リマちゃんの部屋の窓からは負けちゃうかもしれないけど、なかなかのもんでしょ?」
ハンドルを滑らかに操りながら、清乃(きよの)さんが言う。
いつもはおとなしいのに、今夜の彼女はちょっと饒舌で、それがリマにはおもしろい。
リマが高校受験の時、女子大生の清乃さんが、家庭教師についてくれた。
普通の学習の他、いろんな自作教材や定期テスト前のまとめなどを作ってくれ、おかげでちょっと高望みの第一志望校へ通えている、今のリマがいる。
当然、リマの家族は清乃さんに全幅の信頼を置いていて、高校の家庭教師もぜひ、と頼み込んだ。
が、清乃さんは指導力不足を理由に、潔くリマの家から身を引いた。
なぜか。
リマが思うに、答えは簡単。
夜道を二人でドライブするような「そういう仲」になっちゃった、からである。
勉強どころではなくなってしまいそうなので、清乃さんは家庭教師を断ったわけだ。
でも、時々こうやって「気分転換」という名目で、リマを誘ってくれる。
もちろん、リマの家は二人が出来てるなんて思いもしないし、安心して送り出してくれる。
悪い、二人。
「ねえ、清乃さん、今夜はどこへ連れてってくれるの?」
「秘密。でも、もうすぐ着くからね。そこは、もっと夜景が広々見えるんだけど、それだけじゃないの」
「?」
「まあ、ご期待ください」
小さく笑うと、清乃さんはメタリックピンクのリッターカーで山道に向かって走り始めた。
「はい、ご到着」
助手席に回ってドアを開けてくれた清乃さんに言われるまま降りたリマは、しばらく立ちつくしていた。
さっき、走っていたときより遙かに遠くまで見渡せる、地上の星々たち。
そして自分が今立っている丘の上には、大きな枝振りにぼったりと花々をまとった桜が一株、咲いていた。
「…すごい」
「でしょう…?」
しばらく、二人とも無言で、夜の闇に浮かび上がる二つの美を堪能していた。
「この桜がね、花散らしの風で一斉に花びらを飛ばす時は、もう、圧巻なの。夜景の中に花びらが入り
混じって、目の前がくらくらするくらい、綺麗なのよ」
「ふうん…すごそう…」
まだ散らない桜を、ちら、と恨めしそうに見上げながら、リマはつぶやいた。
「私の親が死んだ時も、ちょうどこの桜が散った時だったの」
「…え?!」
清乃さんの突然の告白に、リマはただ驚くしかできなかった。
「ちょうど、リマちゃんが高校に合格して、次の年の家庭教師を頼まれてた頃だったかな…。事故でね。
病院に駆けつけた時は、もう、父も母も霊安室に横たわっていたわ」
「……」
「その時、もう結婚している従兄がここへ連れてきてくれて、夜景と舞い散る花びらの中で、私、初めてやっと泣けたの。それまで緊張していた心を、ここの景色が素直にほぐしてくれたのね」
「…だから、清乃さん、私の家庭教師、断ったんだ…」
「それだけが、理由じゃないけどね。もっと割のいい日雇いのバイトを探して回ったり、小さな子の家庭教師なら時間が短いから、掛け持ちしたりね。それに…」
「それに?」
「家庭教師続けてたら、リマちゃんとこんな風に、夜、外で会えないでしょう?」
ゆっくりと振り返ってリマの顔を見つめる清乃さんは、いつもより少し大人っぽくて、なんだかリマには、気恥ずかしいような、くすぐったいような、でも嬉しいような気分がした。
その時。
澄んだ春の夜空に、一陣の風。
まばゆい夜景の中、桜の花びらが流れるごとく舞い上がり、飛んでいった。
リマの制服にも、そして清乃さんの長い黒髪にも、花びらが貼りつく。
「…そう…、ちょうどこんな感じだったわ、あの晩も。でも、今夜は違う」
清乃さんの言葉に、リマが首をかしげると
「今夜は、もうひとりぼっちじゃないわ。あなたがいるもの、リマちゃん」
リマの顔をまっすぐに見つめながら、かみしめるように、清乃さんは言って、微笑んだ。
それを聞いたとたん、今度は急に泣きたくなって、リマは勢いよく走り出すと、清乃さんの背中に抱きついて顔を隠した。
そんな二人を、夜景と桜の花びらは、ただ無心に隠し守ってくれているだけ。
2012年4月13日金曜日
2012年4月11日水曜日
るみこさん
るみこさんは、はっきり言って仕事ができない。
なのに、私より年上で、給料も(おそらく)多くもらっているのが、私には我慢できない。
でも、それをどこに、誰に吐き出したらいいのか、それも私には分からない。
人の悪口を言うと、自分の表情が汚くなる…私はそう、思っているから。
そのせいでか何なのか、るみこさんは、私を見るといつもにこっと笑う。
「おはようございます」とか、向こうから言ってくる。
るみこさんから「お疲れ様でした」の声を聞くことは、まずない。
彼女は要領が悪くて、あちらこちらで雑用をいいつけられ、おそくまで残業しているのが常だから。
バカなんじゃないの、と思う。半ば本気で。
家族もいるんだろうに、この人、おどおど笑いながら、なにやってんだろう。
同僚が陰で笑い合ってるのも知らないようで、能力もないのに、毎日何をあくせくやってるんだろう。
「あの人は、他の人より給料、安いのよ。ここ、やられちゃってから」
数日後のランチで、お局格の先輩が、頭の横で人差し指をクルクルさせながら言った。
「…え?」
思わず私が声をあげると、
「あら、白壁さん、知らなかったの? 有名な話よ。あの人、マタニティブルーから鬱病になっちゃって、2年ぐらい傷病休取ってたの。だから、お情けで復職させてもらってもあんなだし、ダンナは愛想尽かして出て行っちゃったらしいから、実家に子供預けて、かろうじて仕事してるってわけ。もちろん、昇級のスピードは同期よりはるかに遅れを取ってるしね」
お局は、一気にまくしたてた。
私は、一気に気分が重くなってしまった。
なぜか。
母の叔父にも、全く同じ症状の人がいるからだった。
ご機嫌伺いにいっても、いつも無表情で、あぐらをかいた背中しか見たことがない叔父。
どこかうす気味悪い雰囲気を、子供の頃から感じていた。
でも、母から無表情の訳を聞いたとき、自分ながらにメンタルな病気については人より理解をもって見られるようになってきたつもりだ。
だから、お局の「頭の横で人差し指クルクル」には、正直、その偏見ぶりがかなり頭にきた。
しかしまあ、わたしも大人なので、お局の顔にお冷やをかけるようなまねはしない。
「すいません、ちょっと気分が…」と言って、ランチの場を抜けさせてもらった。
職場へ戻ろうとする私の目の前に、お弁当箱を持って近くの公園へむかうるみこさんが見えた。
こんな時間にまだ食べていないなんて、相変わらず仕事がのろ…いや、遅かったんだろう。
「あらぁ、白壁さん? 早いんですね、もうお食事終わり?」
そう、るみこさんは、誰にでも敬語を使う。
迷惑をかけたが故の謙譲なのか、人とうまくやるための処世術なのか。
「え、ええ…。今日は、あまり食欲なくて。るみこさんは、これからですか?」
「そうなのー。午後の会議の支度をしてて。でも、そんなの必要ないって、また怒られちゃった」
ふふ…と慣れたように笑って、るみこさんは木陰のベンチに腰をかけた。
「お隣、いかが? 私、すぐ済んじゃうから」
「あ、はあ…」
背もたれのない、石造りのベンチに両端、間を開けて、私とるみこさんは座った。
るみこさんのお弁当箱は、小さかった。
「量、少ないですね。こんなんで、足りるんですか?」
「んー、足りないけど、でも、子供の給食費とか、学校のお金とか、かかるから」
その(意外に)母親らしい言葉に、私はとっさに二の句が継げなかった。
「私はねー、何でか知らないけど、途中から病気して、まっとうな人生送れてないけど。でも、子供にはせめて、人の役に立つような、どこに出しても恥ずかしくないような人に育ってほしいからねー。…ま、私も、今はお薬を飲んでるおかげで、人並みまではいかなくても、何とかお勤めさせていただいてるし」
るみこさんの言葉には、他の誰一人を責める単語が出てこなかった。
ランチでテーブルを囲みながらしゃべり合う同僚たちが、浮かんだ。
急に席を立った私のことが、今度は悪口のネタになっていないとは、誰にも保証できない。
でも、きっと目の前のるみこさんは、私の悪口を言わない人なんだろうな、と、思う。
どん底まで傷ついて、そこからはい上がって、心の痛み方を実際に知っているだろう人、だから。
1時5分前の鐘が鳴って、公園の鳩が一斉に飛び立つ。
「戻りましょうか、るみこさん」
「はいー、そうですねぇ」
プランプランとお弁当箱の包みをさげて、私の後ろを追いかけるように歩く、るみこさん。
ふと振り向いてその包みを見たら、「ななこ」と、るみこさんがマジックで書いた字が踊っている。
おそらく、るみこさんの子供のナフキンなんだろう。
そんな子供のお下がりを無頓着に使っている、るみこさんをちらりとみた。
にこっ、といつも通り、声を出さずに笑う彼女。
私はあわてて前を向き、なぜだか緩みそうになる涙腺を見せまいと眉間に力を込めた。
なのに、私より年上で、給料も(おそらく)多くもらっているのが、私には我慢できない。
でも、それをどこに、誰に吐き出したらいいのか、それも私には分からない。
人の悪口を言うと、自分の表情が汚くなる…私はそう、思っているから。
そのせいでか何なのか、るみこさんは、私を見るといつもにこっと笑う。
「おはようございます」とか、向こうから言ってくる。
るみこさんから「お疲れ様でした」の声を聞くことは、まずない。
彼女は要領が悪くて、あちらこちらで雑用をいいつけられ、おそくまで残業しているのが常だから。
バカなんじゃないの、と思う。半ば本気で。
家族もいるんだろうに、この人、おどおど笑いながら、なにやってんだろう。
同僚が陰で笑い合ってるのも知らないようで、能力もないのに、毎日何をあくせくやってるんだろう。
「あの人は、他の人より給料、安いのよ。ここ、やられちゃってから」
数日後のランチで、お局格の先輩が、頭の横で人差し指をクルクルさせながら言った。
「…え?」
思わず私が声をあげると、
「あら、白壁さん、知らなかったの? 有名な話よ。あの人、マタニティブルーから鬱病になっちゃって、2年ぐらい傷病休取ってたの。だから、お情けで復職させてもらってもあんなだし、ダンナは愛想尽かして出て行っちゃったらしいから、実家に子供預けて、かろうじて仕事してるってわけ。もちろん、昇級のスピードは同期よりはるかに遅れを取ってるしね」
お局は、一気にまくしたてた。
私は、一気に気分が重くなってしまった。
なぜか。
母の叔父にも、全く同じ症状の人がいるからだった。
ご機嫌伺いにいっても、いつも無表情で、あぐらをかいた背中しか見たことがない叔父。
どこかうす気味悪い雰囲気を、子供の頃から感じていた。
でも、母から無表情の訳を聞いたとき、自分ながらにメンタルな病気については人より理解をもって見られるようになってきたつもりだ。
だから、お局の「頭の横で人差し指クルクル」には、正直、その偏見ぶりがかなり頭にきた。
しかしまあ、わたしも大人なので、お局の顔にお冷やをかけるようなまねはしない。
「すいません、ちょっと気分が…」と言って、ランチの場を抜けさせてもらった。
職場へ戻ろうとする私の目の前に、お弁当箱を持って近くの公園へむかうるみこさんが見えた。
こんな時間にまだ食べていないなんて、相変わらず仕事がのろ…いや、遅かったんだろう。
「あらぁ、白壁さん? 早いんですね、もうお食事終わり?」
そう、るみこさんは、誰にでも敬語を使う。
迷惑をかけたが故の謙譲なのか、人とうまくやるための処世術なのか。
「え、ええ…。今日は、あまり食欲なくて。るみこさんは、これからですか?」
「そうなのー。午後の会議の支度をしてて。でも、そんなの必要ないって、また怒られちゃった」
ふふ…と慣れたように笑って、るみこさんは木陰のベンチに腰をかけた。
「お隣、いかが? 私、すぐ済んじゃうから」
「あ、はあ…」
背もたれのない、石造りのベンチに両端、間を開けて、私とるみこさんは座った。
るみこさんのお弁当箱は、小さかった。
「量、少ないですね。こんなんで、足りるんですか?」
「んー、足りないけど、でも、子供の給食費とか、学校のお金とか、かかるから」
その(意外に)母親らしい言葉に、私はとっさに二の句が継げなかった。
「私はねー、何でか知らないけど、途中から病気して、まっとうな人生送れてないけど。でも、子供にはせめて、人の役に立つような、どこに出しても恥ずかしくないような人に育ってほしいからねー。…ま、私も、今はお薬を飲んでるおかげで、人並みまではいかなくても、何とかお勤めさせていただいてるし」
るみこさんの言葉には、他の誰一人を責める単語が出てこなかった。
ランチでテーブルを囲みながらしゃべり合う同僚たちが、浮かんだ。
急に席を立った私のことが、今度は悪口のネタになっていないとは、誰にも保証できない。
でも、きっと目の前のるみこさんは、私の悪口を言わない人なんだろうな、と、思う。
どん底まで傷ついて、そこからはい上がって、心の痛み方を実際に知っているだろう人、だから。
1時5分前の鐘が鳴って、公園の鳩が一斉に飛び立つ。
「戻りましょうか、るみこさん」
「はいー、そうですねぇ」
プランプランとお弁当箱の包みをさげて、私の後ろを追いかけるように歩く、るみこさん。
ふと振り向いてその包みを見たら、「ななこ」と、るみこさんがマジックで書いた字が踊っている。
おそらく、るみこさんの子供のナフキンなんだろう。
そんな子供のお下がりを無頓着に使っている、るみこさんをちらりとみた。
にこっ、といつも通り、声を出さずに笑う彼女。
私はあわてて前を向き、なぜだか緩みそうになる涙腺を見せまいと眉間に力を込めた。
2012年4月4日水曜日
レゾンデートル
つまり、存在意義というわけなのですが。
仕事のミスで、同僚や先輩にここ数日迷惑かけどおし。
さすがに、当初優しかった方々も、直接叱ってくれたり、目の前で嫌みを言ってくれるくらいうち解けて…いやいや、うんざりしてくれています。
私が悪いんで、何言われても仕方ないんですけど。
そのつらさは、直接私のミスなので3番目くらい。
2番目は、そんな私の様子をみて、職場の皆になめられきっているなぁと、馬鹿でも感じること。
今後、何をするにしても、この年度初めのイメージがついて回るわけです。
きつい。
1番目は、「今の仕事や生活って、本当に自分が望んで、楽しくて、人の役に立てているんだろうか?」という、根本的な問いです。
私という人間の、レゾンデートルは何なのか。
今のこの状態じゃないのは分かる。
しかし、、正解はわからない。
ちょっと、カネで割り切れない仕事をしてるもんで、責任上、ほんとにはた迷惑にならないよう、
進退を考える必要があるのかもしれません。
仕事のミスで、同僚や先輩にここ数日迷惑かけどおし。
さすがに、当初優しかった方々も、直接叱ってくれたり、目の前で嫌みを言ってくれるくらいうち解けて…いやいや、うんざりしてくれています。
私が悪いんで、何言われても仕方ないんですけど。
そのつらさは、直接私のミスなので3番目くらい。
2番目は、そんな私の様子をみて、職場の皆になめられきっているなぁと、馬鹿でも感じること。
今後、何をするにしても、この年度初めのイメージがついて回るわけです。
きつい。
1番目は、「今の仕事や生活って、本当に自分が望んで、楽しくて、人の役に立てているんだろうか?」という、根本的な問いです。
私という人間の、レゾンデートルは何なのか。
今のこの状態じゃないのは分かる。
しかし、、正解はわからない。
ちょっと、カネで割り切れない仕事をしてるもんで、責任上、ほんとにはた迷惑にならないよう、
進退を考える必要があるのかもしれません。
2012年3月27日火曜日
卒業の日。
桜にはまだ早くて、青空の下はパンジーが強い風に吹かれて、けんめいに咲いている。
下級生の二列に並んだ送り出しを抜ければ、あとはもう三年生とは呼ばれない集団…「卒業生」たちが三々五々集まって、写真を取り合ったり機種を変えた携帯に赤外線でデータを送り合っている。
そんな時、裏庭の桜の木の下にぽつん、と二人の人影。
一人は紺色の指定コート、もう一人は白い長めのカーディガンを羽織っているが、その下はコバルトブルーのセーラー服に、赤いスカーフがふんわりと。
「…なんかさ、実感わかないよね」
「うん…」
立ち姿そのままに、二人はぽつんぽつん、と話す。
その会話が、雨だれのように、互いの心に染みわたっていく。
「美久里は、いつ実家を出発するの?」
紺色のコートが、口火を切る。
「うん…平日の方が、運送屋さん安いって言うから、今度の木曜あたり…。要は?」
美久里と呼ばれた白カーデの少女が、聞き返す。
「あたしは、おかーさんの仕事の都合で、次の火曜に行く予定」
「…はやい、んだ…」
美久里がしょんぼり言うのを、要は制するように
「そっ。だから、見送りに来てね。あたしんちの前まで」
「え…やだ」
「な、何でよ?!」
「だって…寂しいじゃない…?」
「そーんな、一生会えないわけじゃないのよ?メールも電話もあるし。考えすぎだってば」
「もう、毎日、手、つなげないし…一緒に学校、通えないもん…」
「それは、だからー、違う大学をお互い選んだんだから。…それに、時々、会えれば…手も、つなげるよ?」
要は、語尾をちょっと恥ずかしそうに小声にしながら、説得を続けた。
「…ね、要」
「ん?」
「お互いアパートに住んだら、連休とか、今までみたいに自宅で遠慮しなくて、お泊まりとか、できるよね?」
美久里のいきなりな大胆発言に、さすがの要もうっとくる。
心臓わしづかみ、ってやつだ。
「…で、できるだろうね、まあ…」
急に要の方が、しどろもどろな口調になってきた。
「…じゃ、高校卒業して、離れても、我慢、する」
健気に、自分に言い聞かせるように話す美久里が可愛らしくて、要はキスしたくなってしまった。
「ね。美久里」
「…キス、していい? 今」
「だめ…」
「どして? あたし、今、すごくあんたにキスしたい。触れたいの」
「それは、大学に入ってから、初めて二人で会ったときまで、取っておきたいの」
「…疑ってる? あたしのこと」
「違うの」
美久里は、肩にかかるストレートヘアをさらさらふるふると横に動かしながら、要を見て言った。
「きっと、私、知らない場所で、知らない人ばかりで、知らないお店で物を買って食べて、…慣れるまで、そういうのすごい不安だと思うの。でも、要とのその約束があれば、その約束を頼りにして、何とか一人でやっていけるって、そう、思うから」
おとなしいなりに、美久里も新生活を考えてるんだなぁ、と、要は聞いていて思った。
「わーかった。でも、ほんとに約束だよ、忘れないでね?」
要が念を押すと
「忘れるわけ、ないじゃない…私の、一人暮らしのお守りだもの」
美久里は、ほのかににっこり、した。
きっと桜が咲き始めたら、こんな色だろうなあ、と要が思わず見とれるほどの、淡い淡い桜色だった。
下級生の二列に並んだ送り出しを抜ければ、あとはもう三年生とは呼ばれない集団…「卒業生」たちが三々五々集まって、写真を取り合ったり機種を変えた携帯に赤外線でデータを送り合っている。
そんな時、裏庭の桜の木の下にぽつん、と二人の人影。
一人は紺色の指定コート、もう一人は白い長めのカーディガンを羽織っているが、その下はコバルトブルーのセーラー服に、赤いスカーフがふんわりと。
「…なんかさ、実感わかないよね」
「うん…」
立ち姿そのままに、二人はぽつんぽつん、と話す。
その会話が、雨だれのように、互いの心に染みわたっていく。
「美久里は、いつ実家を出発するの?」
紺色のコートが、口火を切る。
「うん…平日の方が、運送屋さん安いって言うから、今度の木曜あたり…。要は?」
美久里と呼ばれた白カーデの少女が、聞き返す。
「あたしは、おかーさんの仕事の都合で、次の火曜に行く予定」
「…はやい、んだ…」
美久里がしょんぼり言うのを、要は制するように
「そっ。だから、見送りに来てね。あたしんちの前まで」
「え…やだ」
「な、何でよ?!」
「だって…寂しいじゃない…?」
「そーんな、一生会えないわけじゃないのよ?メールも電話もあるし。考えすぎだってば」
「もう、毎日、手、つなげないし…一緒に学校、通えないもん…」
「それは、だからー、違う大学をお互い選んだんだから。…それに、時々、会えれば…手も、つなげるよ?」
要は、語尾をちょっと恥ずかしそうに小声にしながら、説得を続けた。
「…ね、要」
「ん?」
「お互いアパートに住んだら、連休とか、今までみたいに自宅で遠慮しなくて、お泊まりとか、できるよね?」
美久里のいきなりな大胆発言に、さすがの要もうっとくる。
心臓わしづかみ、ってやつだ。
「…で、できるだろうね、まあ…」
急に要の方が、しどろもどろな口調になってきた。
「…じゃ、高校卒業して、離れても、我慢、する」
健気に、自分に言い聞かせるように話す美久里が可愛らしくて、要はキスしたくなってしまった。
「ね。美久里」
「…キス、していい? 今」
「だめ…」
「どして? あたし、今、すごくあんたにキスしたい。触れたいの」
「それは、大学に入ってから、初めて二人で会ったときまで、取っておきたいの」
「…疑ってる? あたしのこと」
「違うの」
美久里は、肩にかかるストレートヘアをさらさらふるふると横に動かしながら、要を見て言った。
「きっと、私、知らない場所で、知らない人ばかりで、知らないお店で物を買って食べて、…慣れるまで、そういうのすごい不安だと思うの。でも、要とのその約束があれば、その約束を頼りにして、何とか一人でやっていけるって、そう、思うから」
おとなしいなりに、美久里も新生活を考えてるんだなぁ、と、要は聞いていて思った。
「わーかった。でも、ほんとに約束だよ、忘れないでね?」
要が念を押すと
「忘れるわけ、ないじゃない…私の、一人暮らしのお守りだもの」
美久里は、ほのかににっこり、した。
きっと桜が咲き始めたら、こんな色だろうなあ、と要が思わず見とれるほどの、淡い淡い桜色だった。
2012年3月26日月曜日
私のはるのうた(4月編)
ちょっと予告より早いんですが、お手本にしているブログに出ていたので、急遽。
私の好きな4月の歌、しかも4月1日限定! の歌は
松田聖子さんの「チェリーブロッサム」です。
イントロと「何もかも 目覚めてく 新しい私」
…もう、これ聞いただけで「うおおおお、新年度だわああああ」
って思ってしまう私は、やっぱアホっぽいですね(笑)
でも、この唐突な明るさ、よくわからないけど期待に胸が弾んじゃう、感じは
桜の花が咲く新年度にとってもよく似合う曲だと思います。
あと「つばめが飛ぶ 青い空は 未来の夢 キャンバスね
自由な線 自由な色 描いていく 二人で」という歌詞も好き。
自由な未来を夢見ることができるのも、春の特権だと思うので。
実はこれ、アイドルが歌ってるラブソングなんですよね。
でも、この曲はそんなカテゴリーを越えて「春」そのものを歌ってしまっている、そんなすごさも内に秘めている…そんな気がして、とても好きな歌なのです。
私の好きな4月の歌、しかも4月1日限定! の歌は
松田聖子さんの「チェリーブロッサム」です。
イントロと「何もかも 目覚めてく 新しい私」
…もう、これ聞いただけで「うおおおお、新年度だわああああ」
って思ってしまう私は、やっぱアホっぽいですね(笑)
でも、この唐突な明るさ、よくわからないけど期待に胸が弾んじゃう、感じは
桜の花が咲く新年度にとってもよく似合う曲だと思います。
あと「つばめが飛ぶ 青い空は 未来の夢 キャンバスね
自由な線 自由な色 描いていく 二人で」という歌詞も好き。
自由な未来を夢見ることができるのも、春の特権だと思うので。
実はこれ、アイドルが歌ってるラブソングなんですよね。
でも、この曲はそんなカテゴリーを越えて「春」そのものを歌ってしまっている、そんなすごさも内に秘めている…そんな気がして、とても好きな歌なのです。
2012年3月23日金曜日
仕事の後の百合姫
仕事の後のお楽しみに、今日届いた
「コミック百合姫5月号」をパラ見しました。
やっぱ、表紙がいいわ。
女を手玉に取る女、ってかっこよくて、ドキドキする。
そういうキャラ、書いたことないけど、どうやったら書けるのかなぁ。
奪い合いとか、経験してないわけじゃないけど、文章にするのって難しい。
どっちかというと、笑いネタにもってっちゃう方だからなー、私。
百合とコメディを両立させたお話が書きたい。
別件。ひとりごと。
今週末は家族の用事で、ちょっくら帰省してきます。
彼岸の墓参りに行く間もなく、とんぼ返りの用足しですが。
親不孝だぜ、我ながら、ちっ。
本当は、桜が満開になる頃の命日には墓参りしたいもんだがね…
あ、墓参りと百合の話とか、作れないかな…(仏罰が下るぞ、俺)
「コミック百合姫5月号」をパラ見しました。
やっぱ、表紙がいいわ。
女を手玉に取る女、ってかっこよくて、ドキドキする。
そういうキャラ、書いたことないけど、どうやったら書けるのかなぁ。
奪い合いとか、経験してないわけじゃないけど、文章にするのって難しい。
どっちかというと、笑いネタにもってっちゃう方だからなー、私。
百合とコメディを両立させたお話が書きたい。
別件。ひとりごと。
今週末は家族の用事で、ちょっくら帰省してきます。
彼岸の墓参りに行く間もなく、とんぼ返りの用足しですが。
親不孝だぜ、我ながら、ちっ。
本当は、桜が満開になる頃の命日には墓参りしたいもんだがね…
あ、墓参りと百合の話とか、作れないかな…(仏罰が下るぞ、俺)
2012年3月21日水曜日
私のはるのうた(3月編)
今回は百合っ気が全然ないテーマです。悪しからず。
例によって、仕事の逃避です(苦笑)
春でも、3月と4月ではニュアンスが全く異なってきますね。
やはり「別れと出会い」という二大イベントのためでしょうか。
今日は、私が独断で「3月、お別れの曲といえばこれ!」というのを一つ、ご紹介。
それは
my little loverの「Hello Again ~昔からある場所~」です。
今の時期になると、車でこの曲を聴き続けたいために、遠回りして帰るくらい好きな曲。
小林武史の楽曲にはそもそも弱いのですが(笑)とりわけこの曲は好き。
恋と自覚しかけた相手と、(あえて?)自覚しないまま別れて、後で気づいた自分。
「記憶の中で ずっと二人は 生きてゆける」という言葉にすがって別れたままのような、二人。
そんなあどけなさとはかなさも、春の別れらしいのですが、
私の一番好きなフレーズは、二番の冒頭です。
「自分の限界が どこまでかを知るために 僕は 生きてるわけじゃない」
この言葉が、大人になって聞くと改めて、ずーんと来ます。
で、その後に新しい世界へ歩んでゆく「僕」の姿が描かれ、救われるのですが、
やっぱり「記憶の中で ずっと二人は 生きてゆける」ままで、曲は終わってしまうのです。
もしかしたら、そういう記憶というのは、誰でも心の中に大切にしまってあるのかもしれません。
宝箱のように。
え、私ですか? うふふ…(誰ですか、いま気持ち悪いって言ったの~)
4月に入ったら、がらっと変わった気に入りの一曲を紹介しますね。
それでは、また。
例によって、仕事の逃避です(苦笑)
春でも、3月と4月ではニュアンスが全く異なってきますね。
やはり「別れと出会い」という二大イベントのためでしょうか。
今日は、私が独断で「3月、お別れの曲といえばこれ!」というのを一つ、ご紹介。
それは
my little loverの「Hello Again ~昔からある場所~」です。
今の時期になると、車でこの曲を聴き続けたいために、遠回りして帰るくらい好きな曲。
小林武史の楽曲にはそもそも弱いのですが(笑)とりわけこの曲は好き。
恋と自覚しかけた相手と、(あえて?)自覚しないまま別れて、後で気づいた自分。
「記憶の中で ずっと二人は 生きてゆける」という言葉にすがって別れたままのような、二人。
そんなあどけなさとはかなさも、春の別れらしいのですが、
私の一番好きなフレーズは、二番の冒頭です。
「自分の限界が どこまでかを知るために 僕は 生きてるわけじゃない」
この言葉が、大人になって聞くと改めて、ずーんと来ます。
で、その後に新しい世界へ歩んでゆく「僕」の姿が描かれ、救われるのですが、
やっぱり「記憶の中で ずっと二人は 生きてゆける」ままで、曲は終わってしまうのです。
もしかしたら、そういう記憶というのは、誰でも心の中に大切にしまってあるのかもしれません。
宝箱のように。
え、私ですか? うふふ…(誰ですか、いま気持ち悪いって言ったの~)
4月に入ったら、がらっと変わった気に入りの一曲を紹介しますね。
それでは、また。
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