オリンピックって、大好きです。
国連決議で、期間中は停戦協定が結ばれるんですって。
もー、永遠にオリンピックやって、世界中の人で仲良くお祭り騒ぎできたらいいのに!
時間と自分の都合との関係で、どーしても開会式は見られない部分がありました。
それがなんと、一番期待してた「007」のシーンです。
しかも、本物の女王様まで名演技をご披露されたという、
まさに「女王陛下の007」なワンシーン。
こういうシャレに乗ってくださるっていうのが、いかにもイギリスのウィットを感じさせて下さいますね。愉しい~。
あと、じーっと録画見てて気になったのが、
「あの国名しょって歩いてるおねーちゃん達、どういうしくみになってるのかしらん?」
という事です。
日本みたいな短い国名ならいいですけど、3行ぐらいあるのを見ると、重くないか?とドキドキしながら見てました。
日本の活躍も、もちろん見てて嬉しいですが、
家にいながら世界中のスーパーレベルを浴びるように拝めるなんて、幸せですねー。
と、いうことで、今日はこれまで。
2012年7月29日日曜日
2012年7月24日火曜日
「お集まり」(5)
蕗子さまは、和也お兄様のお妹御にあたられる、白宮家の末娘。
白宮家は男のご兄弟が多くて、しかもみな成人しておられるから、
女学校を卒業されてそう幾年もたたない蕗子さまが、なお嫋々として見える。
今日のお召し物は、柔らかな鶸(ひわ)色の、肩から裾にかけて四季の花々がふんわりと染め出された友禅。
おとなしい方だから、やわらかものがよくお似ましになる。
長い髪は結い流しにされ、後ろをお召し物と同じ布で結んでいらっしゃる。
「おすてきねえ…私になんか、あんなお洒落、一生できないわ…」
「何、比べてるのよ。当たり前じゃないの」
うっとり見とれる鹿乃子に、柚華子が悪態をつく。
「だって私、派手で幾何学的な柄の織りが大好きなんですもの。いかにも銘仙みたいな」
「そうねえ、あなたの性格からいくと、そうなるでしょうねえ」
「柚華子さまだって、いつも洋装でいらっしゃるでしょ? お通いの女学校もせえらあ襟のわんぴいすがご制服だそうだし…」
「だ、だってしょうがないじゃないの。蒼宮は皆、生まれた時から洋装ですもの!」
と、いつの間にか二人が言い合っていると、
「お静かに…」
と、母上より年上の大伯母様方から、ジロリ、と睨まれてしまった。
「ちょうど近日中に、蕗子が習っておりますピアノの御教室で、発表会がございまして。もういい年でございますし、一度は辞退申し上げたのですが、先生が是非にとお声をおかけくださいまして。
『お集まり』の席をお借りいたしまして、本人に少々、度胸付けをさせてやってくださいまし…」
白宮の御令室がお話される隣で、蕗子さまはうつむき気味で立っていらっしゃる。
楽譜は、お持ちでは無いみたい…暗譜でいらっしゃるのね。
どんな曲を弾かれるのかしら?
お静かな曲? お可愛らしい曲?
鹿乃子は、椅子の調節をされる蕗子様のご様子を、蒼宮家のすたいんうぇい製グランドピアノ越しにちらり、と見ながら予想した。
予想は、美しく外れた。
華やかで、迫力のある、情熱的な出だし。
(まあっ、ショパンの「英雄ポロネーズ」だわ !それを、お着物で弾かれるとは…!)
肩に余分な力を入れるでもなく、美しい姿勢を保ったまま、それでも鍵盤を叩く力強さは確かで。
サロン室全体に、「ほう…っ」と、誰からともなくため息が広がる。
そしてまた、その曲の後ろに隠れるように、ひそひそ話が流れて回る。
「蕗子さま、いよいよ近日中に、お決まりだった方とご婚礼をお挙げになるらしくてよ?」
「婚約(エンゲージ)なさってから、もう、経ちますものねえ」
「それで、独身時代の思い出に、今まで固辞していらした、ピアノの発表会もご出演を決められたとか」
「四神家の令嬢の中で、一番のおとなしやさんだと思っておりましたら、まあ…意外と。やはり、血は争えないものなのでしょうかね?」
奥様方のひそひそ話がちょうど一区切りした頃、蕗子さんのピアノが終わった。
おしゃべりばかりの御令室様方は、型通りの軽めの拍手で終わったが、蕗子さまより年下の令嬢たちは、すっかり興奮して、大きな拍手をしながら、まだピアノの椅子に座ったままの蕗子さまに駆け寄り、取り囲んだ。
「蕗子お姉様、なんておすごいんでしょう! もう私、心臓がドキドキしてしまいましてよ」
「弾いていない鹿乃子さまが、何でドキドキするのよ。…私はもうすっかり、聞き惚れてしまいましてよ」
「蕗子おねえちゃま!おすてき!私もあんな風に、弾いてみたあい」
「そうなの。梅子も桃子も、練習不足だって、いつもマダム・レイナに手を叩かれますのよ?」
そんな年下の…妹御のような…娘達のさえずりを、蕗子お姉様はふんわりとした笑顔で聞いてくださる。
(でも…なんだか、ちょっと、お寂しそう…?)
誰にも言わないけれど、鹿乃子は、ある童謡の一節を思い出した。
文金島田に 帯締めながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ……。
まだ女学校一年の鹿乃子には、分からない。
分からないながらも、何となく、雰囲気というものは感じられる。
(今日の『お集まり』は、もしかすると、お家へ納まってしまわれる、蕗子お姉様のお別れの会だったのかもしれないわ…)
そこへ
「何、似合わずにぼんやりしてるのよ。お菓子を皆様に回すのくらい、手伝ってちょうだい!」
相変わらず、柚華子のキンキン声。
ふと見ると、からくり人形さんのような梅子と桃子も、かいがいしく働いている。
(私たちには、親族であったり、姉妹であったり、同じ年の少女が四神家の中にいるわ。でも…蕗子お姉様は、私たちが生まれるまでは、もしかしたら、ずっと一人で…それってどんなに、心さみしく、よるべなかったことでしょうね…)
鹿乃子が、ふっと思っていると、
「かーのーこーさん。聞こえてるの?!ちゃっちゃと手伝ってくださいな、ちゃっちゃと!」
珍しく、くだけた言葉遣いで、キンキンと柚華子が采配を振るう。
鹿乃子も、大急ぎで手伝いの輪に入りながら、
「ね、柚華子さん。私ね、あなたと同い年で、この四神家に生まれて、一緒に育つことができて、良かった、と思うわ。本当よ?」
と、ささやいた。
その途端、柚華子が持っていたくっきーの皿がすとーんと床に落ち、梅子と桃子が
「あらー」「きゃー」
と小声で叫びながら、片付けに走ってくる。
「かっ、鹿乃子さん…あっ、あなたねえ…こんな、忙しい時に、何を…」
さっきまでのキンキンはどこへやら、顔を真っ赤にして、柚華子は落ちたくっきーを拾う。
「だって、本当なんですもの。思ったら、すぐに口に出さないと、この気持ちが逃げてしまいそうで、私、すぐに言ってしまうんですの」
一緒にくっきーを拾いながら、同じ目線で向かい合い、鹿乃子は柚華子にニコッとほほえみかけた。
柚華子はというと、何も言わずにぷい、と横を向いたが、頬が真っ赤なのは変わらない。
そんなこんなで、始まる前は憂鬱だった『お集まり』も、柚華子がその後てんでおとなしくなってしまったり、とってもお久しぶりに蕗子お姉様とお話ができたり(和也お兄様のお話もしてくださったり!)存外、鹿乃子にとっては楽しく過ごすことができた。
御令室様方は、この後かくてるやおーどぶるをお召し上がりになるということで、一足お先に御令嬢方がお開きということになった。
まずは、お小さい玄宮家の梅子ちゃまと桃子ちゃまが、二人で一台の車に乗り込む。
「お姉ちゃまがた、お元気でー」
「お次の『お集まり』は、玄宮でいたしますー。お元気でー」
姿が見えなくなるまで、双方、互いに手を振る。
次は、お疲れの加減をお察しして、白宮家の蕗子お姉様。
鹿乃子と柚華子が深くお辞儀をすると、お姉様は、するすると後部座席の窓を開けさせた。
こんな事は初めてで、示し合わせたわけもなく、二人がそちらへ駆け寄ると、蕗子お姉様は、小さく、でも鈴を振るような可愛らしい声で
「柚華子さん、本日は本当に有難う存じます。愉しかったですわ。…それから、お二人とも」
「はっはい?!」
「まだ女学生の時代は始まったばかり、存分にお楽しみ遊ばせ。女はね、その後は…」
と、蕗子お姉様はしばらく言いよどんでいらしたが、
「きっと、次にお会いできるときは、もう少し上手にお話出来るように、考えておきますわ。それまでは、勉学も体操も、お友達と御仲良しになるのも、何でも存分にお楽しみ遊ばせ。ね?」
そうして、ふんわりとした微笑みを残して、白いお車で行ってしまわれた。
二人とも、しばらく車寄せのところで、並んで立っていた。
蕗子さまのお言葉が、何となく、思った以上に心の奥深くに沈んでいく気がして。
女学校をでて、花嫁修業をして、きっとその間に婚約(エンゲージ)が調い、結婚式を挙げて…。
年下とはいえ男子がいる蒼宮家はともかく、鹿乃子は一人娘だから、自分がどうやって朱宮家を存続させていかねばならないのか、まだわからない。
生来の気性と合わせて、馬の合う武道を鍛錬しているくらいしか、やっていないが。
馬…?
ひづめの音がパッカパッカとのんびり響いて来た。
乗っているのは、金モールのついた礼服を着こなした、若い近衛兵(ガーズ)。
「和也お兄様。よく、こちらの『お集まり』のお開きがおわかりになりましたね?」
鹿乃子は、和也を見ると、つい饒舌になってしまう。
「それくらいわからなくちゃあ、俺らの仕事は成り立たないよ。…蕗子は?」
お妹御を心配なさる様子は、軍人らしくなく、一人の優しい兄上に戻ってしまわれる。
「今さっき、お見送りをいたしましたわ」
「ふーん。じゃ、あとは、子鹿の所の片桐が車を持ってくるだけだな。…柚華子姫、今日だけでなく、支度から何から大変だったろう。母上と蕗子に代わって、礼を言う」
和也の突然の労いに、
「い、いえ、別に…」
と、柚華子は言葉少なだ。
(あれえ、別に柚華子さん、照れてる訳でもないみたいだし…どうしたんだろ?)
そこへ、朱宮のひときわ大きな外国車が、ゆったりと進んできた。
それを見やって、和也はニヤリと笑うと
「さ、これで御令嬢方の『お集まり』は本当のお開きか。…子鹿、また女学園からお前の面白い話が伝わってくるのを、ガーズの若い奴らが楽しみに待ってるぞ。せいぜいお転婆しろよ?」
「まあ、おひどい! そんな、わざとなんか、しませんよーだ」
鹿乃子は、お行儀悪く、和也にあっかんべをして見せた。
和也は白手袋で口を隠し、ぷぷっと笑って馬の歩を進めていった。
「ねえ、柚華子さんは、ガーズお好きでないの? 私は、馬が大好きなのだけど」
「馬は…匂いがいや。私は、どちらかと言ったら、海軍(ネーヴィー)がいいわ」
「まあ、意中のお方とか、いらっしゃるの?」
「本当に、鹿乃子さんたら、あけすけねえ。…ま、あなたの場合は、誰が見てもすぐ分かってしまうから、聞く必要もないけれど?」
「なーによう、それ?!」
待ちくたびれた片桐が、柔らかめに警笛を鳴らす。
「それでは、おいとまいたしますわ。おもてなし、有難う存じます、柚華子さま」
「こちらこそ、お楽しみいただければ幸いに存じます、鹿乃子さま」
型どおりの挨拶をして、その後、二人とも同時にプッと噴き出す。
車が門を出るまで、柚華子は車寄せに立っていてくれた。
「いかがでしたか? お嬢様」
運転しながら、片桐はさりげなく訊いてくれる。
「…そうね、まあ、いろいろあったけど、結局は『案ずるより産むが易し』という所かしら」
「それは、ようございました」
「ほんとうに。…片桐の事、予言者かと思ってよ。それも、かなり当たる」
「はっはっは…予言者とは、ようございましたな。…そうそう、予言者と言えば、名文家の春野は同乗していないようですが、どうしたのでしょうな?」
鹿乃子は、座席から飛び上がりそうに叫んだ。
「あっ!! 置いてきちゃった!!」
ひときわ闊達な、片桐の笑い声が車内に響く。
「よございますよ。奥様や旦那様をお迎えに上がる際にでも、拾ってまいりましょう」
「ありがとう、片桐。…それから、それからね、ひとつ、お願いなんだけど」
「はい?」
「この事…ガーズには、内緒にしてくれる?」
(おわり)
白宮家は男のご兄弟が多くて、しかもみな成人しておられるから、
女学校を卒業されてそう幾年もたたない蕗子さまが、なお嫋々として見える。
今日のお召し物は、柔らかな鶸(ひわ)色の、肩から裾にかけて四季の花々がふんわりと染め出された友禅。
おとなしい方だから、やわらかものがよくお似ましになる。
長い髪は結い流しにされ、後ろをお召し物と同じ布で結んでいらっしゃる。
「おすてきねえ…私になんか、あんなお洒落、一生できないわ…」
「何、比べてるのよ。当たり前じゃないの」
うっとり見とれる鹿乃子に、柚華子が悪態をつく。
「だって私、派手で幾何学的な柄の織りが大好きなんですもの。いかにも銘仙みたいな」
「そうねえ、あなたの性格からいくと、そうなるでしょうねえ」
「柚華子さまだって、いつも洋装でいらっしゃるでしょ? お通いの女学校もせえらあ襟のわんぴいすがご制服だそうだし…」
「だ、だってしょうがないじゃないの。蒼宮は皆、生まれた時から洋装ですもの!」
と、いつの間にか二人が言い合っていると、
「お静かに…」
と、母上より年上の大伯母様方から、ジロリ、と睨まれてしまった。
「ちょうど近日中に、蕗子が習っておりますピアノの御教室で、発表会がございまして。もういい年でございますし、一度は辞退申し上げたのですが、先生が是非にとお声をおかけくださいまして。
『お集まり』の席をお借りいたしまして、本人に少々、度胸付けをさせてやってくださいまし…」
白宮の御令室がお話される隣で、蕗子さまはうつむき気味で立っていらっしゃる。
楽譜は、お持ちでは無いみたい…暗譜でいらっしゃるのね。
どんな曲を弾かれるのかしら?
お静かな曲? お可愛らしい曲?
鹿乃子は、椅子の調節をされる蕗子様のご様子を、蒼宮家のすたいんうぇい製グランドピアノ越しにちらり、と見ながら予想した。
予想は、美しく外れた。
華やかで、迫力のある、情熱的な出だし。
(まあっ、ショパンの「英雄ポロネーズ」だわ !それを、お着物で弾かれるとは…!)
肩に余分な力を入れるでもなく、美しい姿勢を保ったまま、それでも鍵盤を叩く力強さは確かで。
サロン室全体に、「ほう…っ」と、誰からともなくため息が広がる。
そしてまた、その曲の後ろに隠れるように、ひそひそ話が流れて回る。
「蕗子さま、いよいよ近日中に、お決まりだった方とご婚礼をお挙げになるらしくてよ?」
「婚約(エンゲージ)なさってから、もう、経ちますものねえ」
「それで、独身時代の思い出に、今まで固辞していらした、ピアノの発表会もご出演を決められたとか」
「四神家の令嬢の中で、一番のおとなしやさんだと思っておりましたら、まあ…意外と。やはり、血は争えないものなのでしょうかね?」
奥様方のひそひそ話がちょうど一区切りした頃、蕗子さんのピアノが終わった。
おしゃべりばかりの御令室様方は、型通りの軽めの拍手で終わったが、蕗子さまより年下の令嬢たちは、すっかり興奮して、大きな拍手をしながら、まだピアノの椅子に座ったままの蕗子さまに駆け寄り、取り囲んだ。
「蕗子お姉様、なんておすごいんでしょう! もう私、心臓がドキドキしてしまいましてよ」
「弾いていない鹿乃子さまが、何でドキドキするのよ。…私はもうすっかり、聞き惚れてしまいましてよ」
「蕗子おねえちゃま!おすてき!私もあんな風に、弾いてみたあい」
「そうなの。梅子も桃子も、練習不足だって、いつもマダム・レイナに手を叩かれますのよ?」
そんな年下の…妹御のような…娘達のさえずりを、蕗子お姉様はふんわりとした笑顔で聞いてくださる。
(でも…なんだか、ちょっと、お寂しそう…?)
誰にも言わないけれど、鹿乃子は、ある童謡の一節を思い出した。
文金島田に 帯締めながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ……。
まだ女学校一年の鹿乃子には、分からない。
分からないながらも、何となく、雰囲気というものは感じられる。
(今日の『お集まり』は、もしかすると、お家へ納まってしまわれる、蕗子お姉様のお別れの会だったのかもしれないわ…)
そこへ
「何、似合わずにぼんやりしてるのよ。お菓子を皆様に回すのくらい、手伝ってちょうだい!」
相変わらず、柚華子のキンキン声。
ふと見ると、からくり人形さんのような梅子と桃子も、かいがいしく働いている。
(私たちには、親族であったり、姉妹であったり、同じ年の少女が四神家の中にいるわ。でも…蕗子お姉様は、私たちが生まれるまでは、もしかしたら、ずっと一人で…それってどんなに、心さみしく、よるべなかったことでしょうね…)
鹿乃子が、ふっと思っていると、
「かーのーこーさん。聞こえてるの?!ちゃっちゃと手伝ってくださいな、ちゃっちゃと!」
珍しく、くだけた言葉遣いで、キンキンと柚華子が采配を振るう。
鹿乃子も、大急ぎで手伝いの輪に入りながら、
「ね、柚華子さん。私ね、あなたと同い年で、この四神家に生まれて、一緒に育つことができて、良かった、と思うわ。本当よ?」
と、ささやいた。
その途端、柚華子が持っていたくっきーの皿がすとーんと床に落ち、梅子と桃子が
「あらー」「きゃー」
と小声で叫びながら、片付けに走ってくる。
「かっ、鹿乃子さん…あっ、あなたねえ…こんな、忙しい時に、何を…」
さっきまでのキンキンはどこへやら、顔を真っ赤にして、柚華子は落ちたくっきーを拾う。
「だって、本当なんですもの。思ったら、すぐに口に出さないと、この気持ちが逃げてしまいそうで、私、すぐに言ってしまうんですの」
一緒にくっきーを拾いながら、同じ目線で向かい合い、鹿乃子は柚華子にニコッとほほえみかけた。
柚華子はというと、何も言わずにぷい、と横を向いたが、頬が真っ赤なのは変わらない。
そんなこんなで、始まる前は憂鬱だった『お集まり』も、柚華子がその後てんでおとなしくなってしまったり、とってもお久しぶりに蕗子お姉様とお話ができたり(和也お兄様のお話もしてくださったり!)存外、鹿乃子にとっては楽しく過ごすことができた。
御令室様方は、この後かくてるやおーどぶるをお召し上がりになるということで、一足お先に御令嬢方がお開きということになった。
まずは、お小さい玄宮家の梅子ちゃまと桃子ちゃまが、二人で一台の車に乗り込む。
「お姉ちゃまがた、お元気でー」
「お次の『お集まり』は、玄宮でいたしますー。お元気でー」
姿が見えなくなるまで、双方、互いに手を振る。
次は、お疲れの加減をお察しして、白宮家の蕗子お姉様。
鹿乃子と柚華子が深くお辞儀をすると、お姉様は、するすると後部座席の窓を開けさせた。
こんな事は初めてで、示し合わせたわけもなく、二人がそちらへ駆け寄ると、蕗子お姉様は、小さく、でも鈴を振るような可愛らしい声で
「柚華子さん、本日は本当に有難う存じます。愉しかったですわ。…それから、お二人とも」
「はっはい?!」
「まだ女学生の時代は始まったばかり、存分にお楽しみ遊ばせ。女はね、その後は…」
と、蕗子お姉様はしばらく言いよどんでいらしたが、
「きっと、次にお会いできるときは、もう少し上手にお話出来るように、考えておきますわ。それまでは、勉学も体操も、お友達と御仲良しになるのも、何でも存分にお楽しみ遊ばせ。ね?」
そうして、ふんわりとした微笑みを残して、白いお車で行ってしまわれた。
二人とも、しばらく車寄せのところで、並んで立っていた。
蕗子さまのお言葉が、何となく、思った以上に心の奥深くに沈んでいく気がして。
女学校をでて、花嫁修業をして、きっとその間に婚約(エンゲージ)が調い、結婚式を挙げて…。
年下とはいえ男子がいる蒼宮家はともかく、鹿乃子は一人娘だから、自分がどうやって朱宮家を存続させていかねばならないのか、まだわからない。
生来の気性と合わせて、馬の合う武道を鍛錬しているくらいしか、やっていないが。
馬…?
ひづめの音がパッカパッカとのんびり響いて来た。
乗っているのは、金モールのついた礼服を着こなした、若い近衛兵(ガーズ)。
「和也お兄様。よく、こちらの『お集まり』のお開きがおわかりになりましたね?」
鹿乃子は、和也を見ると、つい饒舌になってしまう。
「それくらいわからなくちゃあ、俺らの仕事は成り立たないよ。…蕗子は?」
お妹御を心配なさる様子は、軍人らしくなく、一人の優しい兄上に戻ってしまわれる。
「今さっき、お見送りをいたしましたわ」
「ふーん。じゃ、あとは、子鹿の所の片桐が車を持ってくるだけだな。…柚華子姫、今日だけでなく、支度から何から大変だったろう。母上と蕗子に代わって、礼を言う」
和也の突然の労いに、
「い、いえ、別に…」
と、柚華子は言葉少なだ。
(あれえ、別に柚華子さん、照れてる訳でもないみたいだし…どうしたんだろ?)
そこへ、朱宮のひときわ大きな外国車が、ゆったりと進んできた。
それを見やって、和也はニヤリと笑うと
「さ、これで御令嬢方の『お集まり』は本当のお開きか。…子鹿、また女学園からお前の面白い話が伝わってくるのを、ガーズの若い奴らが楽しみに待ってるぞ。せいぜいお転婆しろよ?」
「まあ、おひどい! そんな、わざとなんか、しませんよーだ」
鹿乃子は、お行儀悪く、和也にあっかんべをして見せた。
和也は白手袋で口を隠し、ぷぷっと笑って馬の歩を進めていった。
「ねえ、柚華子さんは、ガーズお好きでないの? 私は、馬が大好きなのだけど」
「馬は…匂いがいや。私は、どちらかと言ったら、海軍(ネーヴィー)がいいわ」
「まあ、意中のお方とか、いらっしゃるの?」
「本当に、鹿乃子さんたら、あけすけねえ。…ま、あなたの場合は、誰が見てもすぐ分かってしまうから、聞く必要もないけれど?」
「なーによう、それ?!」
待ちくたびれた片桐が、柔らかめに警笛を鳴らす。
「それでは、おいとまいたしますわ。おもてなし、有難う存じます、柚華子さま」
「こちらこそ、お楽しみいただければ幸いに存じます、鹿乃子さま」
型どおりの挨拶をして、その後、二人とも同時にプッと噴き出す。
車が門を出るまで、柚華子は車寄せに立っていてくれた。
「いかがでしたか? お嬢様」
運転しながら、片桐はさりげなく訊いてくれる。
「…そうね、まあ、いろいろあったけど、結局は『案ずるより産むが易し』という所かしら」
「それは、ようございました」
「ほんとうに。…片桐の事、予言者かと思ってよ。それも、かなり当たる」
「はっはっは…予言者とは、ようございましたな。…そうそう、予言者と言えば、名文家の春野は同乗していないようですが、どうしたのでしょうな?」
鹿乃子は、座席から飛び上がりそうに叫んだ。
「あっ!! 置いてきちゃった!!」
ひときわ闊達な、片桐の笑い声が車内に響く。
「よございますよ。奥様や旦那様をお迎えに上がる際にでも、拾ってまいりましょう」
「ありがとう、片桐。…それから、それからね、ひとつ、お願いなんだけど」
「はい?」
「この事…ガーズには、内緒にしてくれる?」
(おわり)
2012年7月21日土曜日
「コミック百合姫」9月号読んだ!
やっと今日、買ってきました~。
やっぱり、狙ってた二つの作品は、期待以上の展開でした。うふー。
あと、なもりさんの表紙~!
初めて四人が揃ったら、こう来ましたか!
どうなるんだ~、今年はあと一号(または1月号入れれば二号)だぞ~~!!
あと、レジで「え?!」思ったのは、いつもと同じ厚さで、いつもの半額!
このご時世に、半額っすよ。
コミックス価格であんだけバラエティに富んだ内容って、すごい。
と、以後、ちょっと辛口気味に感想書きますので、そういうのを見たくない方は、ここでパスなさって下さいね。
…
…
…
…
…
…よござんすか?
今号は、正直申しますと、作品の数々のレベルにすごく二極化を感じてしまいました。
あくまでも私見ですよ。
異議を唱える方もいらっしゃるでしょう。
…なんというか、「一読して内容を覚えてしまえる、面白い作品」と、そうでないのとにぱっきり分かれてしまったと申しますか。
または、同じマンネリでも「安心して待って読める、いいマンネリ」と「もしかして、古くなって来つつありはしないか?的マンネリ」に区分されてしまうと申しますか。
それがまた、私の作者さんの好みと一致していない所も、驚きでした。
いつも真っ先に読んでいた方々のお話が、記憶に残らなかった哀しさ。
逆に、この作家さん、今まで食わず嫌いしてたのかな、と思うような面白さ。
そんなのを感じた、9月号でありました。
しかし思うに、百合姫の屋台骨は、現在の所、ゆるゆりと百合男子かなあ。
この二つがなくなったら、今の百合姫は百合姫たり得なくなるくらい、いい意味で落ち着きと実験的という個性を両立させている作品だと、私は思います~。
ではでは、このへんで。
やっぱり、狙ってた二つの作品は、期待以上の展開でした。うふー。
あと、なもりさんの表紙~!
初めて四人が揃ったら、こう来ましたか!
どうなるんだ~、今年はあと一号(または1月号入れれば二号)だぞ~~!!
あと、レジで「え?!」思ったのは、いつもと同じ厚さで、いつもの半額!
このご時世に、半額っすよ。
コミックス価格であんだけバラエティに富んだ内容って、すごい。
と、以後、ちょっと辛口気味に感想書きますので、そういうのを見たくない方は、ここでパスなさって下さいね。
…
…
…
…
…
…よござんすか?
今号は、正直申しますと、作品の数々のレベルにすごく二極化を感じてしまいました。
あくまでも私見ですよ。
異議を唱える方もいらっしゃるでしょう。
…なんというか、「一読して内容を覚えてしまえる、面白い作品」と、そうでないのとにぱっきり分かれてしまったと申しますか。
または、同じマンネリでも「安心して待って読める、いいマンネリ」と「もしかして、古くなって来つつありはしないか?的マンネリ」に区分されてしまうと申しますか。
それがまた、私の作者さんの好みと一致していない所も、驚きでした。
いつも真っ先に読んでいた方々のお話が、記憶に残らなかった哀しさ。
逆に、この作家さん、今まで食わず嫌いしてたのかな、と思うような面白さ。
そんなのを感じた、9月号でありました。
しかし思うに、百合姫の屋台骨は、現在の所、ゆるゆりと百合男子かなあ。
この二つがなくなったら、今の百合姫は百合姫たり得なくなるくらい、いい意味で落ち着きと実験的という個性を両立させている作品だと、私は思います~。
ではでは、このへんで。
2012年7月20日金曜日
追記・その3
大韓民国の方もいらしてる~。嬉しいな。
私、『景福宮』という漫画が大好きなんですよ~。
日本では『宮 くん ~ラブ・イン・キョンボックン』という名前がついてました。
さてさて、蒼宮家に行って困っていそうな鹿乃子ちゃんも書きたいし、
コミック百合姫の感想も書きたいところなのですが、
夏も(コミケも行けないのに~)なんか忙しくなりそうで、まだ百合姫が買えてない~(泣)
明日買えないと、マジ困ります。
車のガソリンも入れないとエンストしそーな状況ですが、百合エネルギーも枯渇しかけてます~!
あしたは補充日といきたい…いや、いかねばなるまい! です。
そうして、どちらかについて、このブログに書こうと考えておりますっ。
私、『景福宮』という漫画が大好きなんですよ~。
日本では『宮 くん ~ラブ・イン・キョンボックン』という名前がついてました。
さてさて、蒼宮家に行って困っていそうな鹿乃子ちゃんも書きたいし、
コミック百合姫の感想も書きたいところなのですが、
夏も(コミケも行けないのに~)なんか忙しくなりそうで、まだ百合姫が買えてない~(泣)
明日買えないと、マジ困ります。
車のガソリンも入れないとエンストしそーな状況ですが、百合エネルギーも枯渇しかけてます~!
あしたは補充日といきたい…いや、いかねばなるまい! です。
そうして、どちらかについて、このブログに書こうと考えておりますっ。
2012年7月15日日曜日
「お集まり」(4)
「すみません、柚華子さま。ちょっと、お玄関先で取り紛れておりまして…」
鹿乃子の言葉を遮るように、
「言い訳は結構。もう皆様お揃いでいらっしゃいましてよ。さっさといらして下さる?」
つん、ときびすを返すと、柚華子は足首ほどの丈のドレスを翻して、サロン室へと向かった。
住まいと同じく、蒼宮家の人々は洋装を好む。
追いかけながら、鹿乃子はつい
「柚華子さま、今日はご家名と同じく蒼のどれすでいらっしゃるのですね。とても、白いお肌に映えて、お似ましでいらっしゃいますわ」
と、思ったままため息混じりで話しかけていた。
「…そ、そんな事を言って、機嫌を取ろうとでも思っているのなら、大間違いよ!」
後ろ向きなので鹿乃子には見えないが、うっすらと頬を染めながら、柚華子は返した。
「機嫌だなんて、そんな…」
そこまでで会話は途切れ、脂粉の香りでむせかえるようなサロン室が、二人を出迎える。
「まあまあ、やっと鹿乃子さんお着きよ。あっちで引っかかり、こっちで引っかかり…相変わらず、あなたって四神家のお転婆さんねえ」
「いつもは迎えになぞ出ない、柚華子さんを部屋の外まで行かせるなんて、ねえ」
ほほほほ、と、楽しいのか馬鹿にしているのか分からない笑い声が、降ってくる。
この笑い声も、鹿乃子が「お集まり」を毛嫌いしている理由の一つである。
「さあさあ、皆様お静まりなさいませ。本日の「お集まり」には、白宮 蕗子さまがお久しゅうにおいでになりましてよ?」
誰かが扇をパンパン、と叩き、そう告げると、サロン室は一斉にどよめいた。
もちろん、鹿乃子と柚華子もだ。
「柚華子さんが、お呼びになったの?だとしたら、大した腕こきでいらっしゃるわね」
「そんなわけ、ないじゃないの!だとしたら、こんなに驚いてると思う?」
「これこれ、女学校の一年生さん方。仲良くおしゃべりなぞしていてはいけませんわよ。」
その声に、二人して
「仲良くなんか、ございません!!」
そう、鹿乃子にとって「お集まり」が嫌な理由の大きな一つは、同じ年の柚華子が、何かしらに付け張り合ったり絡んできたりすること、それがうっとうしくて仕方ないからなのである。
柚華子にとっても、そうなのかどうなのか、それは言葉だけでは分からない事だけれど。
(つづく)
鹿乃子の言葉を遮るように、
「言い訳は結構。もう皆様お揃いでいらっしゃいましてよ。さっさといらして下さる?」
つん、ときびすを返すと、柚華子は足首ほどの丈のドレスを翻して、サロン室へと向かった。
住まいと同じく、蒼宮家の人々は洋装を好む。
追いかけながら、鹿乃子はつい
「柚華子さま、今日はご家名と同じく蒼のどれすでいらっしゃるのですね。とても、白いお肌に映えて、お似ましでいらっしゃいますわ」
と、思ったままため息混じりで話しかけていた。
「…そ、そんな事を言って、機嫌を取ろうとでも思っているのなら、大間違いよ!」
後ろ向きなので鹿乃子には見えないが、うっすらと頬を染めながら、柚華子は返した。
「機嫌だなんて、そんな…」
そこまでで会話は途切れ、脂粉の香りでむせかえるようなサロン室が、二人を出迎える。
「まあまあ、やっと鹿乃子さんお着きよ。あっちで引っかかり、こっちで引っかかり…相変わらず、あなたって四神家のお転婆さんねえ」
「いつもは迎えになぞ出ない、柚華子さんを部屋の外まで行かせるなんて、ねえ」
ほほほほ、と、楽しいのか馬鹿にしているのか分からない笑い声が、降ってくる。
この笑い声も、鹿乃子が「お集まり」を毛嫌いしている理由の一つである。
「さあさあ、皆様お静まりなさいませ。本日の「お集まり」には、白宮 蕗子さまがお久しゅうにおいでになりましてよ?」
誰かが扇をパンパン、と叩き、そう告げると、サロン室は一斉にどよめいた。
もちろん、鹿乃子と柚華子もだ。
「柚華子さんが、お呼びになったの?だとしたら、大した腕こきでいらっしゃるわね」
「そんなわけ、ないじゃないの!だとしたら、こんなに驚いてると思う?」
「これこれ、女学校の一年生さん方。仲良くおしゃべりなぞしていてはいけませんわよ。」
その声に、二人して
「仲良くなんか、ございません!!」
そう、鹿乃子にとって「お集まり」が嫌な理由の大きな一つは、同じ年の柚華子が、何かしらに付け張り合ったり絡んできたりすること、それがうっとうしくて仕方ないからなのである。
柚華子にとっても、そうなのかどうなのか、それは言葉だけでは分からない事だけれど。
(つづく)
あしたは「コミック百合姫」9月号発売~
2ヶ月待たされて、もー、じれったいじれったい。
早く明日にならないかしら。
歩いて、近くの本屋へ買いに行くよー。
(西日本の方々は、それどころじゃありませんよね…ごめんなさい)
今回の楽しみは「ロケット☆ガール」がどう展開していくか。
あとは「サーク・アラクニ」も絵が綺麗で、ロッテがどう変わってゆくのか、楽しみ。
もうね、このために今、仕事ガンガン行ってますからねー。
買ってもすぐには読めないかと思うけど、でも、買います~!
早く明日にならないかしら。
歩いて、近くの本屋へ買いに行くよー。
(西日本の方々は、それどころじゃありませんよね…ごめんなさい)
今回の楽しみは「ロケット☆ガール」がどう展開していくか。
あとは「サーク・アラクニ」も絵が綺麗で、ロッテがどう変わってゆくのか、楽しみ。
もうね、このために今、仕事ガンガン行ってますからねー。
買ってもすぐには読めないかと思うけど、でも、買います~!
2012年7月11日水曜日
「お集まり」(3)
革の座席を滑り降りるようにして、鹿乃子は片桐が開けてくれたドアを抜けた。
「有難う、片桐。今日もまた、行ってくるわね」
「世の中は捨てたものではございませんよ、お嬢様。きっとよろしいこともお待ちでしょう」
車中の会話を聞くともなく聞いていた初老の紳士は、自らの仕える令嬢にそう囁くと、目配せをした。
「…そうね。そんなものよね」
つられて鹿乃子も、にこりと微笑む。
蒼宮家は、四神家には珍しい、洋館である。
車寄せから、出迎えの使用人達に鹿乃子が挨拶を返そうとすると、
「こら、子鹿。相変わらず、ちびちゃいままだな?」
後ろの高いところから、親しげな成年の声が聞こえ、同時に鹿乃子の切り下げ髪がくしゃくしゃっと大きな手で撫でられる。
「和也お兄様!」
ぱあっと鹿乃子の顔は晴れやかに変わり、早くその姿を見たくて、くるりと振り向く。
近衛師団(ガーズ)のきららかな礼服に身を包んではいても、昔通りの悪戯っぽく優しい瞳。
そして…鹿乃子だけの内緒なのだけれど…四神家の中で、一番、大好きな方。
「お兄様、ごきげんよう。こんな所にいらしててよろしいの? 他の殿方は?」
「なに、俺もいま着いたばかりさ。年かさの中にいても窮屈だしな。それにしても…」
そこで和也は言葉を止め、高い背をかがめて鹿乃子の顔をしげしげと眺めながら、ニヤニヤ。
「女学園でも、早速、やらかしたんだって? お前の武勇伝が、ガーズでも噂に上ってるぞ」
「えーっ!!」
そんなことは想像だにしていなくて、鹿乃子は思わず赤くなった頬を両手で隠した。
「いいじゃないか。皆、悪いとは言っていないのだから。さすがは朱宮のお転婆娘って、株が上がってるぜ」
「いやです、そんなの! 株なんて上がってません!」
「そうかなあ。少なくとも俺は、そうやって筋を通せる子鹿は偉いと思ってるんだけど?」
「んもう…かまわないで下さい、お兄様ったら!」
鹿乃子しか子宝に恵まれなかった朱宮家では、養子をとるしか家を存続する術がない。
現代と違い、養子や結婚など戸籍に関する事柄については、本人の意志に関係なく、家同士の相談…時には一族の会議…で、決められることとなっていた。
和也の一族となる白宮では男の兄弟が多く、四神家の間では、密かにまだ二人が幼いときより、彼の朱宮家への養子縁組と、鹿乃子との婚約(エンゲージ)の約束が家同士で決められていた。
もちろん、鹿乃子にはまだ、一言も知らされていないが。
(すでに成年となった和也には伝えられているのかどうか…それは、賢明なる読者の皆様のご想像にお任せすることといたしましょう)
そんなじゃれ合いの後、鹿乃子は和也と別れ、改めて蒼宮家の使用人達に労いの言葉を掛けながら、いつも「お集まり」で使われる、婦人用のサロン室へと向かった。
すると、毛足の長いペルシア絨毯を敷き詰めた廊下の向こうから
「あっ、いらした! 鹿乃子お姉ちゃまあ!」
「本当だわ! 鹿乃子お姉ちゃまあ!」
玄宮家のひとつ年下の双子、梅子ちゃまと桃子ちゃまが、お揃いの着物姿で走ってきた。
二人とも、明るいローズの市松模様の錦紗に、大柄な黄色いチューリップが染められた、元気な柄ゆき。帯はそれぞれの名前にちなんだ花が、丸帯に豪奢に刺繍されているもの。
「ごめんなさいね、ちょっと玄関で話し込んでしまって」
「見てまーした。和也お兄ちゃまでしょう?」
「お姉ちゃまとお兄ちゃま、ちっちゃなときからケンカばっかりなさってらしたもーん」
うふうふ、と、両手にぶらさがってくる双子の相手をしながら、
(え。…そうか、他の方には、あれ、ケンカに見えるのかしらん…)
と、鹿乃子は思った。
その時。
「鹿乃子さま。ご到着あそばしてから、ずいぶんこちらへのご挨拶が遅くはなくて?」
キンキン響く声が、鹿乃子を現実の「お集まり」嫌いへ引き戻す。
(さあ…来たわよ。これから数時間、お家のために、耐えなくっちゃあ…)
キンキン声の主は、四神家の令嬢でただ一人、鹿乃子とおない年の女学校一年生。
本日の「お集まり」で御令嬢方を取り仕切る、蒼宮 柚華子(あおいのみや ゆかこ)である。
(つづく)
「有難う、片桐。今日もまた、行ってくるわね」
「世の中は捨てたものではございませんよ、お嬢様。きっとよろしいこともお待ちでしょう」
車中の会話を聞くともなく聞いていた初老の紳士は、自らの仕える令嬢にそう囁くと、目配せをした。
「…そうね。そんなものよね」
つられて鹿乃子も、にこりと微笑む。
蒼宮家は、四神家には珍しい、洋館である。
車寄せから、出迎えの使用人達に鹿乃子が挨拶を返そうとすると、
「こら、子鹿。相変わらず、ちびちゃいままだな?」
後ろの高いところから、親しげな成年の声が聞こえ、同時に鹿乃子の切り下げ髪がくしゃくしゃっと大きな手で撫でられる。
「和也お兄様!」
ぱあっと鹿乃子の顔は晴れやかに変わり、早くその姿を見たくて、くるりと振り向く。
近衛師団(ガーズ)のきららかな礼服に身を包んではいても、昔通りの悪戯っぽく優しい瞳。
そして…鹿乃子だけの内緒なのだけれど…四神家の中で、一番、大好きな方。
「お兄様、ごきげんよう。こんな所にいらしててよろしいの? 他の殿方は?」
「なに、俺もいま着いたばかりさ。年かさの中にいても窮屈だしな。それにしても…」
そこで和也は言葉を止め、高い背をかがめて鹿乃子の顔をしげしげと眺めながら、ニヤニヤ。
「女学園でも、早速、やらかしたんだって? お前の武勇伝が、ガーズでも噂に上ってるぞ」
「えーっ!!」
そんなことは想像だにしていなくて、鹿乃子は思わず赤くなった頬を両手で隠した。
「いいじゃないか。皆、悪いとは言っていないのだから。さすがは朱宮のお転婆娘って、株が上がってるぜ」
「いやです、そんなの! 株なんて上がってません!」
「そうかなあ。少なくとも俺は、そうやって筋を通せる子鹿は偉いと思ってるんだけど?」
「んもう…かまわないで下さい、お兄様ったら!」
鹿乃子しか子宝に恵まれなかった朱宮家では、養子をとるしか家を存続する術がない。
現代と違い、養子や結婚など戸籍に関する事柄については、本人の意志に関係なく、家同士の相談…時には一族の会議…で、決められることとなっていた。
和也の一族となる白宮では男の兄弟が多く、四神家の間では、密かにまだ二人が幼いときより、彼の朱宮家への養子縁組と、鹿乃子との婚約(エンゲージ)の約束が家同士で決められていた。
もちろん、鹿乃子にはまだ、一言も知らされていないが。
(すでに成年となった和也には伝えられているのかどうか…それは、賢明なる読者の皆様のご想像にお任せすることといたしましょう)
そんなじゃれ合いの後、鹿乃子は和也と別れ、改めて蒼宮家の使用人達に労いの言葉を掛けながら、いつも「お集まり」で使われる、婦人用のサロン室へと向かった。
すると、毛足の長いペルシア絨毯を敷き詰めた廊下の向こうから
「あっ、いらした! 鹿乃子お姉ちゃまあ!」
「本当だわ! 鹿乃子お姉ちゃまあ!」
玄宮家のひとつ年下の双子、梅子ちゃまと桃子ちゃまが、お揃いの着物姿で走ってきた。
二人とも、明るいローズの市松模様の錦紗に、大柄な黄色いチューリップが染められた、元気な柄ゆき。帯はそれぞれの名前にちなんだ花が、丸帯に豪奢に刺繍されているもの。
「ごめんなさいね、ちょっと玄関で話し込んでしまって」
「見てまーした。和也お兄ちゃまでしょう?」
「お姉ちゃまとお兄ちゃま、ちっちゃなときからケンカばっかりなさってらしたもーん」
うふうふ、と、両手にぶらさがってくる双子の相手をしながら、
(え。…そうか、他の方には、あれ、ケンカに見えるのかしらん…)
と、鹿乃子は思った。
その時。
「鹿乃子さま。ご到着あそばしてから、ずいぶんこちらへのご挨拶が遅くはなくて?」
キンキン響く声が、鹿乃子を現実の「お集まり」嫌いへ引き戻す。
(さあ…来たわよ。これから数時間、お家のために、耐えなくっちゃあ…)
キンキン声の主は、四神家の令嬢でただ一人、鹿乃子とおない年の女学校一年生。
本日の「お集まり」で御令嬢方を取り仕切る、蒼宮 柚華子(あおいのみや ゆかこ)である。
(つづく)
2012年7月10日火曜日
「お集まり」(2)
「朱宮(あけのみや)、蒼宮(あおいのみや)、玄宮(くろのみや)、白宮(しらのみや)…か。はああ…」
片桐が白手袋に制服姿で運転する、黒の外国車。
総革張りの後部座席にゆったりと座りながらも、鹿乃子はまだ往生際が悪かった。
「先程から、何をそうぶつぶつとおっしゃってるんですか、お嬢様? 本日は、折角の『お集まり』ではございませんか」
片桐の他に、ただ一人この車に乗ることを許されている使用人、鹿乃子付きの侍女頭、春野が不審そうに尋ねる。
鹿乃子が朱宮家に産声を上げたときからの侍女なればこそ、春野は他の侍女より遠慮もなく、鹿乃子の変化にも気づきやすい、なかなか油断ならない存在であるのだった。…裏返せば、これ以上頼りになる使用人はいない、という事なのだが。
「ねえ、春野」
「何でございますか、お嬢様?」
「あなたは、『お集まり』の、いったいどこがいいの?」
鹿乃子は、かなり本気で訊いた。
「まあ! たくさんございますわ。何から申し上げたらよろしいでしょう…近衛師団(ガーズ)の殿方の凛々しさ、御令室様方の贅を凝らしたお美しさ、ご子息様方はお健やかでご利発、お嬢様方は可憐で香り立つような花が今や咲かんとする風情。それから、実は、私ども下男や侍女ども、使用人同士が旧交をあたためさせていただく、数少ない機会でもございまして…」
うっとりと中空を見上げて夢物語のように語る、春野。
いいなあ、と、鹿乃子は思う。
こんな風に自分も考えられたら、「お集まり」がきっと楽しく感じられるのだろうに。
「春野…あなた、なかなかの名文家ね…。今度、どこかの婦人雑誌の懸賞小説に、何か書いて出してご覧なさい。いい線いくと思うわ、本当よ」
そう侍女頭へ感想を述べてから、何か少しでもいいところはないかしら、と、鹿乃子は考えた。
(近衛師団なら、大好きな叔父様方や、成年になられてめったにお話できなくなったけど、一番気心の知れた和也お兄様がいらっしゃるのよね…。
それに、金モールの着いた師団の軍服、手入れの行き届いて可愛らしい馬たち。
…きょう一日、ずっと近衛師団のお部屋にいられたらいいのだけど…、きっと、大事な大事なお話の邪魔だって、放り出されてしまうわね)
その次にいいことはないか、考えてみる。
(成年前のお兄様たちとは別席だから、これは論外ね。
となると、やっぱり…女子供の「お集まり」へ入るしかないわねえ。
玄宮のお家の、一つ年下の双子ちゃん。梅子ちゃまと桃子ちゃまなら、大丈夫。なついてくださってるし、お二人とも明るくて茶目さんで、とても可愛らしいし。
後は…ずっとお姉様になるけれど、もう女学校をご卒業された、白宮家の蕗子さま。あの方は物静かでいらして、ほとんどお声もうかがったことはないけれど、いつもほんのりと笑顔でいらして。
確か、今はお裁縫やお茶にお花、花嫁様になるためのご修養をお積みだとか…。)
さて。
ここで、鹿乃子の思考は、ぴたっと止まった。
同時に、片桐の踏むブレーキも、計ったようにぴたり、と止まる。
着いたのだ。
今回の「お集まり」の場所となる、蒼宮家に。
そして、この家にこそ、まさに鹿乃子の憂鬱の種となる御令嬢がお住まいなのであった。
(つづく)
片桐が白手袋に制服姿で運転する、黒の外国車。
総革張りの後部座席にゆったりと座りながらも、鹿乃子はまだ往生際が悪かった。
「先程から、何をそうぶつぶつとおっしゃってるんですか、お嬢様? 本日は、折角の『お集まり』ではございませんか」
片桐の他に、ただ一人この車に乗ることを許されている使用人、鹿乃子付きの侍女頭、春野が不審そうに尋ねる。
鹿乃子が朱宮家に産声を上げたときからの侍女なればこそ、春野は他の侍女より遠慮もなく、鹿乃子の変化にも気づきやすい、なかなか油断ならない存在であるのだった。…裏返せば、これ以上頼りになる使用人はいない、という事なのだが。
「ねえ、春野」
「何でございますか、お嬢様?」
「あなたは、『お集まり』の、いったいどこがいいの?」
鹿乃子は、かなり本気で訊いた。
「まあ! たくさんございますわ。何から申し上げたらよろしいでしょう…近衛師団(ガーズ)の殿方の凛々しさ、御令室様方の贅を凝らしたお美しさ、ご子息様方はお健やかでご利発、お嬢様方は可憐で香り立つような花が今や咲かんとする風情。それから、実は、私ども下男や侍女ども、使用人同士が旧交をあたためさせていただく、数少ない機会でもございまして…」
うっとりと中空を見上げて夢物語のように語る、春野。
いいなあ、と、鹿乃子は思う。
こんな風に自分も考えられたら、「お集まり」がきっと楽しく感じられるのだろうに。
「春野…あなた、なかなかの名文家ね…。今度、どこかの婦人雑誌の懸賞小説に、何か書いて出してご覧なさい。いい線いくと思うわ、本当よ」
そう侍女頭へ感想を述べてから、何か少しでもいいところはないかしら、と、鹿乃子は考えた。
(近衛師団なら、大好きな叔父様方や、成年になられてめったにお話できなくなったけど、一番気心の知れた和也お兄様がいらっしゃるのよね…。
それに、金モールの着いた師団の軍服、手入れの行き届いて可愛らしい馬たち。
…きょう一日、ずっと近衛師団のお部屋にいられたらいいのだけど…、きっと、大事な大事なお話の邪魔だって、放り出されてしまうわね)
その次にいいことはないか、考えてみる。
(成年前のお兄様たちとは別席だから、これは論外ね。
となると、やっぱり…女子供の「お集まり」へ入るしかないわねえ。
玄宮のお家の、一つ年下の双子ちゃん。梅子ちゃまと桃子ちゃまなら、大丈夫。なついてくださってるし、お二人とも明るくて茶目さんで、とても可愛らしいし。
後は…ずっとお姉様になるけれど、もう女学校をご卒業された、白宮家の蕗子さま。あの方は物静かでいらして、ほとんどお声もうかがったことはないけれど、いつもほんのりと笑顔でいらして。
確か、今はお裁縫やお茶にお花、花嫁様になるためのご修養をお積みだとか…。)
さて。
ここで、鹿乃子の思考は、ぴたっと止まった。
同時に、片桐の踏むブレーキも、計ったようにぴたり、と止まる。
着いたのだ。
今回の「お集まり」の場所となる、蒼宮家に。
そして、この家にこそ、まさに鹿乃子の憂鬱の種となる御令嬢がお住まいなのであった。
(つづく)
2012年7月8日日曜日
「お集まり」(1)
その日は晴天なのに、鹿乃子の心はどんより。
せっかく侍女が二人がかりで着付けた、紅地に御所解を大柄にあしらった錦紗(きんしゃ)の振り袖も、金糸交じりの麻の葉模様の丸帯も、この気分を浮き立たせてはくれない。
「はああ、またこの日が来ちゃったのね…。滅入るわ」
つい、鹿乃子がため息混じりに呟くと、年かさの方の侍女に咎められた。
「んま、お嬢様! そのようなお言葉、御前様や奥方様のお耳に入りましたら、大変な事になりましてよ!」
「だって…窮屈でたまらないんですもの。この日は。女学園に通っている毎日の方が、ずーっと、好き」
「それは、本日がまたとない特別のお日でいらっしゃるのですから、仕方ありません」
侍女のお説教に答えるように、もう一度、鹿乃子は小さくため息。
「全く…何度行っても慣れないわ。『お集まり』って」
『お集まり』とは、「四神家」…直宮家を御護りする役割を代々受け継いできた、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家の面々が、年に数回集まる日のことである。
もちろん、直接に近衛師団(ガーズ)の中心を担う成年男子は、軍部の他でももっと頻繁に会い、「四神会」と称して、酒を酌み交わしながら国内外の情報交換を欠かさぬのであるが。
女、そして子供にとっての『お集まり』は、いささか違った意味合いを帯びてくる。
未成年の男子は質実剛健、文武両道、中には洒脱さを競い合う。
奥方…いや、御令室様方というべきか…や、御令嬢の皆々様には、その日の御拵えから始まり、お茶を嗜みながらの日仏語での華麗なる会話の応酬、女学校に通う年頃ともなれば、勉学や運動の成績比べも加わって。
(うー、嫌だわ。私、ああいう上っ面の社交って、大っ嫌いよ。いつぞや榎本様がおっしゃっていた通り、近衛師団の制服をまとって栗毛の馬で駆けている方が、どれだけ気持ちいいだろうかしら!)
さすがに、鹿乃子もこれ以上侍女を嘆かせたくはないので、この台詞は心の中だけに留めた。
「お嬢様、お支度は調い遊ばしましたか。車寄せに、運転手の片桐がお待ち申し上げております」
別の侍女が、鹿乃子の支度部屋のドア越しに、声を掛けた。
「有難う、今まいります。あなた方も、朝早くから綺麗に着付けてくれて、有難う」
位の貴き家の人間ほど、その家に仕える者たちの労をねぎらい、大切に接するように…。
四神家すべてに、代々伝わる家訓のひとつである。
何度聞いても、仕える者にとって当主家の方々のこのねぎらいは嬉しく、とりわけ鹿乃子の態度は情があり、また女学生になっても愛くるしいままだと、使用人たちは彼女を幼い頃から敬愛してきた。
(つづく)
せっかく侍女が二人がかりで着付けた、紅地に御所解を大柄にあしらった錦紗(きんしゃ)の振り袖も、金糸交じりの麻の葉模様の丸帯も、この気分を浮き立たせてはくれない。
「はああ、またこの日が来ちゃったのね…。滅入るわ」
つい、鹿乃子がため息混じりに呟くと、年かさの方の侍女に咎められた。
「んま、お嬢様! そのようなお言葉、御前様や奥方様のお耳に入りましたら、大変な事になりましてよ!」
「だって…窮屈でたまらないんですもの。この日は。女学園に通っている毎日の方が、ずーっと、好き」
「それは、本日がまたとない特別のお日でいらっしゃるのですから、仕方ありません」
侍女のお説教に答えるように、もう一度、鹿乃子は小さくため息。
「全く…何度行っても慣れないわ。『お集まり』って」
『お集まり』とは、「四神家」…直宮家を御護りする役割を代々受け継いできた、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家の面々が、年に数回集まる日のことである。
もちろん、直接に近衛師団(ガーズ)の中心を担う成年男子は、軍部の他でももっと頻繁に会い、「四神会」と称して、酒を酌み交わしながら国内外の情報交換を欠かさぬのであるが。
女、そして子供にとっての『お集まり』は、いささか違った意味合いを帯びてくる。
未成年の男子は質実剛健、文武両道、中には洒脱さを競い合う。
奥方…いや、御令室様方というべきか…や、御令嬢の皆々様には、その日の御拵えから始まり、お茶を嗜みながらの日仏語での華麗なる会話の応酬、女学校に通う年頃ともなれば、勉学や運動の成績比べも加わって。
(うー、嫌だわ。私、ああいう上っ面の社交って、大っ嫌いよ。いつぞや榎本様がおっしゃっていた通り、近衛師団の制服をまとって栗毛の馬で駆けている方が、どれだけ気持ちいいだろうかしら!)
さすがに、鹿乃子もこれ以上侍女を嘆かせたくはないので、この台詞は心の中だけに留めた。
「お嬢様、お支度は調い遊ばしましたか。車寄せに、運転手の片桐がお待ち申し上げております」
別の侍女が、鹿乃子の支度部屋のドア越しに、声を掛けた。
「有難う、今まいります。あなた方も、朝早くから綺麗に着付けてくれて、有難う」
位の貴き家の人間ほど、その家に仕える者たちの労をねぎらい、大切に接するように…。
四神家すべてに、代々伝わる家訓のひとつである。
何度聞いても、仕える者にとって当主家の方々のこのねぎらいは嬉しく、とりわけ鹿乃子の態度は情があり、また女学生になっても愛くるしいままだと、使用人たちは彼女を幼い頃から敬愛してきた。
(つづく)
2012年7月6日金曜日
追記
ドイツでもご覧の方がいらっしゃるようです。
ありがとうございます!
さて、「りぼん。」で書いた鹿乃子ちゃんと周囲がどうも気になるので、
次に書ける時は、学校を離れた彼女のプライベイトを書いてみたいと思います。
(いや、あくまでも予定は未定ですけどね)
ありがとうございます!
さて、「りぼん。」で書いた鹿乃子ちゃんと周囲がどうも気になるので、
次に書ける時は、学校を離れた彼女のプライベイトを書いてみたいと思います。
(いや、あくまでも予定は未定ですけどね)
2012年7月4日水曜日
外国(とつくに)のお方
時々、「このブログをいつ頃、どのくらいの方が、どちらでご覧なのかな…」
と、ブログ内の統計を見ることがあるのですが、びっくり!
海外にお住まいの方も、訪れてくださっているのですね~!!
トルコ、ロシア、アメリカ合衆国。
すごいなあ。
ありがとうございます。
日本でご覧下さっている方々同様、今後も精進しますので、よろしくお願いいたします!
と、ブログ内の統計を見ることがあるのですが、びっくり!
海外にお住まいの方も、訪れてくださっているのですね~!!
トルコ、ロシア、アメリカ合衆国。
すごいなあ。
ありがとうございます。
日本でご覧下さっている方々同様、今後も精進しますので、よろしくお願いいたします!
2012年7月3日火曜日
りぼん。(4)
放課後、早くに皆が帰って行った一年藤組の教室で、鹿乃子はぽつんと自分の席に座っていた。
もちろん、美代もだ。
しばらくすると、トントン…と軽やかな足取りが聞こえ、だんだんこちらへと近くなる。
(榎本さまだわ、きっと)
鹿乃子はすっくと立ち上がり、教室後ろの引き戸へ歩いていった。
「良かったわ、待っていてくださったのね?」
優しい声音は、やはりその人。
「こちらこそ、わざわざお運びいただいて、恐れ入ります」
鹿乃子は、感謝の気持ちを精一杯込めて、榎本さんにお礼を述べた。
「…それにしても」
鹿乃子を眺めて微笑む榎本さんに、つい
「はい?」
と、鹿乃子は訊いてしまう。
「こんなにあどけないのに、先程の四年生を相手の応対、剛胆でしたわね。さすがは『四神家』の筆頭、朱雀一族のお嬢様だわ。いえ、女学生にしておいてはもったいない。男装して、近衛兵(ガーズ)のお一人として宮様方をお守りなさって、活躍されても良いほどの小気味良さ」
「と、とんでもありません。私なんてそんな…そ、その、はねっかえりだとは、家でいつも笑われておりますけれど…」
榎本さんの褒め言葉に、鹿乃子は照れてうつむいてしまったが、はっと我に返る。
「あ、あのっ、りぼんのことで、どうしても不思議で、気になってしまって…」
咳き込むように尋ねると、榎本さんは、ほんのり、笑った。
「私も、驚いたわ。皆が皆、次々にりぼんを頭に載せてきたでしょう? 私、お願いも何もしてないのよ、本当に」
「じゃあ、…榎本さまは、どうして一番初めに、りぼんをつけていらっしゃったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、鹿乃子さん。そんな、上級生にあけすけな物言いをなさっちゃ…」
美代が止めたが、
「だって、不思議なんですもの。最初の日の榎本さま、とても、凜としていらっしゃいました」
鹿乃子は、言葉が止まらない。
「…ふふ…。本当に、朱宮さまって、まっすぐな方なのね。いいわ。あなた方お二人にだけ、話しましょう。でも、このことは一切、他言無用で願いましてよ?」
「無論!」
間髪を入れずに、鹿乃子は答える。
「じゃあ、お話しますわ。…私ね、この学校に心を寄せている方がいるの。でも、その方はちっとも私の気持ちに気づいてくださらなくて…じゃあ、何か他の方と違う、目立つ印をつけたら、私の方へ振り向いてくださるかも…そう思って、りぼんをつけたのよ」
「はあ…」
「そうしたら、次の日からあの騒ぎでしょう? 私、全然目立たなくなってしまったのよ。皮肉な物ね…」
そう言って、榎本さんは、ちょっとうつむいた。
「でも、りぼんがこんなに広まったのは、榎本さまだったからだと思います!」
鹿乃子は、夢中で返していた。
「他の誰かがしても、こんなに皆が真似をするなんて、ないと思います。きっとそれは、きっと…上手く言葉にできないんですが、榎本さまが『ちゃあむ』をお持ちだからって…思いますっ」
『ちゃあむ…?』
榎本さんが、顔を上げて鹿乃子を見る。
「はい! 皆が榎本さまに憧れていなければ、こんなにりぼんだらけにはならないと思います。だから、だから…いつか、きっと、想い人の方にも、榎本さまの『ちゃあむ』が伝わるって、私、思います!」
顔を赤くして一気にしゃべる鹿乃子に、始めぽかあんとしていた榎本さんは、そのあと、にっこりと大輪のほほえみを返した。
「ありがとう。あなたは直宮様方々だけじゃなくて、私まで護ってくださるのね。…元気が出てきたわ。その方にこちらを向いていただけるよう、頑張ってみます」
「そ、そんな、もったいない! 私なんか、ただの一年生で…」
「ただの一年生なわけ、ないじゃないの。本当にあなた、ただ者じゃないのね」
あわてる鹿乃子の後ろで、美代がため息交じりに呟いた。
(おわり)
もちろん、美代もだ。
しばらくすると、トントン…と軽やかな足取りが聞こえ、だんだんこちらへと近くなる。
(榎本さまだわ、きっと)
鹿乃子はすっくと立ち上がり、教室後ろの引き戸へ歩いていった。
「良かったわ、待っていてくださったのね?」
優しい声音は、やはりその人。
「こちらこそ、わざわざお運びいただいて、恐れ入ります」
鹿乃子は、感謝の気持ちを精一杯込めて、榎本さんにお礼を述べた。
「…それにしても」
鹿乃子を眺めて微笑む榎本さんに、つい
「はい?」
と、鹿乃子は訊いてしまう。
「こんなにあどけないのに、先程の四年生を相手の応対、剛胆でしたわね。さすがは『四神家』の筆頭、朱雀一族のお嬢様だわ。いえ、女学生にしておいてはもったいない。男装して、近衛兵(ガーズ)のお一人として宮様方をお守りなさって、活躍されても良いほどの小気味良さ」
「と、とんでもありません。私なんてそんな…そ、その、はねっかえりだとは、家でいつも笑われておりますけれど…」
榎本さんの褒め言葉に、鹿乃子は照れてうつむいてしまったが、はっと我に返る。
「あ、あのっ、りぼんのことで、どうしても不思議で、気になってしまって…」
咳き込むように尋ねると、榎本さんは、ほんのり、笑った。
「私も、驚いたわ。皆が皆、次々にりぼんを頭に載せてきたでしょう? 私、お願いも何もしてないのよ、本当に」
「じゃあ、…榎本さまは、どうして一番初めに、りぼんをつけていらっしゃったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、鹿乃子さん。そんな、上級生にあけすけな物言いをなさっちゃ…」
美代が止めたが、
「だって、不思議なんですもの。最初の日の榎本さま、とても、凜としていらっしゃいました」
鹿乃子は、言葉が止まらない。
「…ふふ…。本当に、朱宮さまって、まっすぐな方なのね。いいわ。あなた方お二人にだけ、話しましょう。でも、このことは一切、他言無用で願いましてよ?」
「無論!」
間髪を入れずに、鹿乃子は答える。
「じゃあ、お話しますわ。…私ね、この学校に心を寄せている方がいるの。でも、その方はちっとも私の気持ちに気づいてくださらなくて…じゃあ、何か他の方と違う、目立つ印をつけたら、私の方へ振り向いてくださるかも…そう思って、りぼんをつけたのよ」
「はあ…」
「そうしたら、次の日からあの騒ぎでしょう? 私、全然目立たなくなってしまったのよ。皮肉な物ね…」
そう言って、榎本さんは、ちょっとうつむいた。
「でも、りぼんがこんなに広まったのは、榎本さまだったからだと思います!」
鹿乃子は、夢中で返していた。
「他の誰かがしても、こんなに皆が真似をするなんて、ないと思います。きっとそれは、きっと…上手く言葉にできないんですが、榎本さまが『ちゃあむ』をお持ちだからって…思いますっ」
『ちゃあむ…?』
榎本さんが、顔を上げて鹿乃子を見る。
「はい! 皆が榎本さまに憧れていなければ、こんなにりぼんだらけにはならないと思います。だから、だから…いつか、きっと、想い人の方にも、榎本さまの『ちゃあむ』が伝わるって、私、思います!」
顔を赤くして一気にしゃべる鹿乃子に、始めぽかあんとしていた榎本さんは、そのあと、にっこりと大輪のほほえみを返した。
「ありがとう。あなたは直宮様方々だけじゃなくて、私まで護ってくださるのね。…元気が出てきたわ。その方にこちらを向いていただけるよう、頑張ってみます」
「そ、そんな、もったいない! 私なんか、ただの一年生で…」
「ただの一年生なわけ、ないじゃないの。本当にあなた、ただ者じゃないのね」
あわてる鹿乃子の後ろで、美代がため息交じりに呟いた。
(おわり)
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