2011年6月19日日曜日

バラ園にて(超ショートです!)

春と秋の二回だけ、私と香澄とは学校帰りに遠回りをするのが、暗黙の了解となっていた。
行き先は、駅と自宅の間にひっそりとある、バラ園。

「今年、咲くの遅い気がする~」
「あたし達が来るのが、早かったりしてね?」
くすくす笑いながら、蔓バラのアーチをくぐったり、大輪の品種で作られた小迷宮をめぐったりして、帰る。
うす暗くなってゆく中、香りが少しずつ湿った空気の中へ溶け出すように、濃くなっていくこの時が好き。
香澄と、二人で歩いていても、バラ達が隠してくれるのも、好き。

「ねえ杏奈、バラのおまじない知ってる?」
やにわに、前を歩いていた香澄が振り返って尋ねてきた。
「え?おまじない…?」
とっさに返事も思いつかず、おうむ返しの私に
「その年、一番気に入った色のバラの花びらを唇に挟んで、瞳を閉じてお願いするとね、恋が叶うって」
「うっそ」
「あたし、やってみよーっと。この前、スマホで見たんだもの。うーん、どれにしようかなぁ…」
とまどう私におかまいなく、そぞろ歩きで香澄はバラの花の物色を始める。

言われると、自分も、何だかやってみたくなった。
(香澄に内緒でお願い、すればいいもんね…)
今年は、黄色から濃いピンクへグラデーションしていく花弁のバラが、目立つ気がする。
迷わず、外側のきれいな一片をそっとちぎると、唇に挟んだ。
(神様、どうか香澄と、何時までも今のように一緒にいられますように…)

そのとき。
花びらじゃないものが、私の唇に、かすかに触れた。
もっと柔らかくて、甘くて、懐かしい、そんな何かが。

えっ、と思って瞳を開くと、すぐ前に悪戯っぽく香澄の顔が微笑んでいた。
「うっふふ、杏奈って、すぐ人の言うこと信じちゃうんだから。可愛い!」
「ちょ、ちょっとじゃあ香澄、さっきのおまじないの話、嘘だったの?!」
慌てて私が聞き返す。
煉瓦色の小路、二人の間に、さっきまでくわえていた花びらが、ひらりと落ちる。

「嘘じゃない。本当よ。だって、たった今かなったでしょう?違う?」
そうささやくと、もう一度香澄は、悪戯っぽく微笑んだ。

(おわり)