ウクライナでたくさんご覧くださってる方がいらっしゃるんですね!
お国の名前を今まで挙げずに、すみませんでした。
ありがとうございます!
2012年7月8日日曜日
「お集まり」(1)
その日は晴天なのに、鹿乃子の心はどんより。
せっかく侍女が二人がかりで着付けた、紅地に御所解を大柄にあしらった錦紗(きんしゃ)の振り袖も、金糸交じりの麻の葉模様の丸帯も、この気分を浮き立たせてはくれない。
「はああ、またこの日が来ちゃったのね…。滅入るわ」
つい、鹿乃子がため息混じりに呟くと、年かさの方の侍女に咎められた。
「んま、お嬢様! そのようなお言葉、御前様や奥方様のお耳に入りましたら、大変な事になりましてよ!」
「だって…窮屈でたまらないんですもの。この日は。女学園に通っている毎日の方が、ずーっと、好き」
「それは、本日がまたとない特別のお日でいらっしゃるのですから、仕方ありません」
侍女のお説教に答えるように、もう一度、鹿乃子は小さくため息。
「全く…何度行っても慣れないわ。『お集まり』って」
『お集まり』とは、「四神家」…直宮家を御護りする役割を代々受け継いできた、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家の面々が、年に数回集まる日のことである。
もちろん、直接に近衛師団(ガーズ)の中心を担う成年男子は、軍部の他でももっと頻繁に会い、「四神会」と称して、酒を酌み交わしながら国内外の情報交換を欠かさぬのであるが。
女、そして子供にとっての『お集まり』は、いささか違った意味合いを帯びてくる。
未成年の男子は質実剛健、文武両道、中には洒脱さを競い合う。
奥方…いや、御令室様方というべきか…や、御令嬢の皆々様には、その日の御拵えから始まり、お茶を嗜みながらの日仏語での華麗なる会話の応酬、女学校に通う年頃ともなれば、勉学や運動の成績比べも加わって。
(うー、嫌だわ。私、ああいう上っ面の社交って、大っ嫌いよ。いつぞや榎本様がおっしゃっていた通り、近衛師団の制服をまとって栗毛の馬で駆けている方が、どれだけ気持ちいいだろうかしら!)
さすがに、鹿乃子もこれ以上侍女を嘆かせたくはないので、この台詞は心の中だけに留めた。
「お嬢様、お支度は調い遊ばしましたか。車寄せに、運転手の片桐がお待ち申し上げております」
別の侍女が、鹿乃子の支度部屋のドア越しに、声を掛けた。
「有難う、今まいります。あなた方も、朝早くから綺麗に着付けてくれて、有難う」
位の貴き家の人間ほど、その家に仕える者たちの労をねぎらい、大切に接するように…。
四神家すべてに、代々伝わる家訓のひとつである。
何度聞いても、仕える者にとって当主家の方々のこのねぎらいは嬉しく、とりわけ鹿乃子の態度は情があり、また女学生になっても愛くるしいままだと、使用人たちは彼女を幼い頃から敬愛してきた。
(つづく)
せっかく侍女が二人がかりで着付けた、紅地に御所解を大柄にあしらった錦紗(きんしゃ)の振り袖も、金糸交じりの麻の葉模様の丸帯も、この気分を浮き立たせてはくれない。
「はああ、またこの日が来ちゃったのね…。滅入るわ」
つい、鹿乃子がため息混じりに呟くと、年かさの方の侍女に咎められた。
「んま、お嬢様! そのようなお言葉、御前様や奥方様のお耳に入りましたら、大変な事になりましてよ!」
「だって…窮屈でたまらないんですもの。この日は。女学園に通っている毎日の方が、ずーっと、好き」
「それは、本日がまたとない特別のお日でいらっしゃるのですから、仕方ありません」
侍女のお説教に答えるように、もう一度、鹿乃子は小さくため息。
「全く…何度行っても慣れないわ。『お集まり』って」
『お集まり』とは、「四神家」…直宮家を御護りする役割を代々受け継いできた、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家の面々が、年に数回集まる日のことである。
もちろん、直接に近衛師団(ガーズ)の中心を担う成年男子は、軍部の他でももっと頻繁に会い、「四神会」と称して、酒を酌み交わしながら国内外の情報交換を欠かさぬのであるが。
女、そして子供にとっての『お集まり』は、いささか違った意味合いを帯びてくる。
未成年の男子は質実剛健、文武両道、中には洒脱さを競い合う。
奥方…いや、御令室様方というべきか…や、御令嬢の皆々様には、その日の御拵えから始まり、お茶を嗜みながらの日仏語での華麗なる会話の応酬、女学校に通う年頃ともなれば、勉学や運動の成績比べも加わって。
(うー、嫌だわ。私、ああいう上っ面の社交って、大っ嫌いよ。いつぞや榎本様がおっしゃっていた通り、近衛師団の制服をまとって栗毛の馬で駆けている方が、どれだけ気持ちいいだろうかしら!)
さすがに、鹿乃子もこれ以上侍女を嘆かせたくはないので、この台詞は心の中だけに留めた。
「お嬢様、お支度は調い遊ばしましたか。車寄せに、運転手の片桐がお待ち申し上げております」
別の侍女が、鹿乃子の支度部屋のドア越しに、声を掛けた。
「有難う、今まいります。あなた方も、朝早くから綺麗に着付けてくれて、有難う」
位の貴き家の人間ほど、その家に仕える者たちの労をねぎらい、大切に接するように…。
四神家すべてに、代々伝わる家訓のひとつである。
何度聞いても、仕える者にとって当主家の方々のこのねぎらいは嬉しく、とりわけ鹿乃子の態度は情があり、また女学生になっても愛くるしいままだと、使用人たちは彼女を幼い頃から敬愛してきた。
(つづく)
2012年7月6日金曜日
追記
ドイツでもご覧の方がいらっしゃるようです。
ありがとうございます!
さて、「りぼん。」で書いた鹿乃子ちゃんと周囲がどうも気になるので、
次に書ける時は、学校を離れた彼女のプライベイトを書いてみたいと思います。
(いや、あくまでも予定は未定ですけどね)
ありがとうございます!
さて、「りぼん。」で書いた鹿乃子ちゃんと周囲がどうも気になるので、
次に書ける時は、学校を離れた彼女のプライベイトを書いてみたいと思います。
(いや、あくまでも予定は未定ですけどね)
2012年7月4日水曜日
外国(とつくに)のお方
時々、「このブログをいつ頃、どのくらいの方が、どちらでご覧なのかな…」
と、ブログ内の統計を見ることがあるのですが、びっくり!
海外にお住まいの方も、訪れてくださっているのですね~!!
トルコ、ロシア、アメリカ合衆国。
すごいなあ。
ありがとうございます。
日本でご覧下さっている方々同様、今後も精進しますので、よろしくお願いいたします!
と、ブログ内の統計を見ることがあるのですが、びっくり!
海外にお住まいの方も、訪れてくださっているのですね~!!
トルコ、ロシア、アメリカ合衆国。
すごいなあ。
ありがとうございます。
日本でご覧下さっている方々同様、今後も精進しますので、よろしくお願いいたします!
2012年7月3日火曜日
りぼん。(4)
放課後、早くに皆が帰って行った一年藤組の教室で、鹿乃子はぽつんと自分の席に座っていた。
もちろん、美代もだ。
しばらくすると、トントン…と軽やかな足取りが聞こえ、だんだんこちらへと近くなる。
(榎本さまだわ、きっと)
鹿乃子はすっくと立ち上がり、教室後ろの引き戸へ歩いていった。
「良かったわ、待っていてくださったのね?」
優しい声音は、やはりその人。
「こちらこそ、わざわざお運びいただいて、恐れ入ります」
鹿乃子は、感謝の気持ちを精一杯込めて、榎本さんにお礼を述べた。
「…それにしても」
鹿乃子を眺めて微笑む榎本さんに、つい
「はい?」
と、鹿乃子は訊いてしまう。
「こんなにあどけないのに、先程の四年生を相手の応対、剛胆でしたわね。さすがは『四神家』の筆頭、朱雀一族のお嬢様だわ。いえ、女学生にしておいてはもったいない。男装して、近衛兵(ガーズ)のお一人として宮様方をお守りなさって、活躍されても良いほどの小気味良さ」
「と、とんでもありません。私なんてそんな…そ、その、はねっかえりだとは、家でいつも笑われておりますけれど…」
榎本さんの褒め言葉に、鹿乃子は照れてうつむいてしまったが、はっと我に返る。
「あ、あのっ、りぼんのことで、どうしても不思議で、気になってしまって…」
咳き込むように尋ねると、榎本さんは、ほんのり、笑った。
「私も、驚いたわ。皆が皆、次々にりぼんを頭に載せてきたでしょう? 私、お願いも何もしてないのよ、本当に」
「じゃあ、…榎本さまは、どうして一番初めに、りぼんをつけていらっしゃったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、鹿乃子さん。そんな、上級生にあけすけな物言いをなさっちゃ…」
美代が止めたが、
「だって、不思議なんですもの。最初の日の榎本さま、とても、凜としていらっしゃいました」
鹿乃子は、言葉が止まらない。
「…ふふ…。本当に、朱宮さまって、まっすぐな方なのね。いいわ。あなた方お二人にだけ、話しましょう。でも、このことは一切、他言無用で願いましてよ?」
「無論!」
間髪を入れずに、鹿乃子は答える。
「じゃあ、お話しますわ。…私ね、この学校に心を寄せている方がいるの。でも、その方はちっとも私の気持ちに気づいてくださらなくて…じゃあ、何か他の方と違う、目立つ印をつけたら、私の方へ振り向いてくださるかも…そう思って、りぼんをつけたのよ」
「はあ…」
「そうしたら、次の日からあの騒ぎでしょう? 私、全然目立たなくなってしまったのよ。皮肉な物ね…」
そう言って、榎本さんは、ちょっとうつむいた。
「でも、りぼんがこんなに広まったのは、榎本さまだったからだと思います!」
鹿乃子は、夢中で返していた。
「他の誰かがしても、こんなに皆が真似をするなんて、ないと思います。きっとそれは、きっと…上手く言葉にできないんですが、榎本さまが『ちゃあむ』をお持ちだからって…思いますっ」
『ちゃあむ…?』
榎本さんが、顔を上げて鹿乃子を見る。
「はい! 皆が榎本さまに憧れていなければ、こんなにりぼんだらけにはならないと思います。だから、だから…いつか、きっと、想い人の方にも、榎本さまの『ちゃあむ』が伝わるって、私、思います!」
顔を赤くして一気にしゃべる鹿乃子に、始めぽかあんとしていた榎本さんは、そのあと、にっこりと大輪のほほえみを返した。
「ありがとう。あなたは直宮様方々だけじゃなくて、私まで護ってくださるのね。…元気が出てきたわ。その方にこちらを向いていただけるよう、頑張ってみます」
「そ、そんな、もったいない! 私なんか、ただの一年生で…」
「ただの一年生なわけ、ないじゃないの。本当にあなた、ただ者じゃないのね」
あわてる鹿乃子の後ろで、美代がため息交じりに呟いた。
(おわり)
もちろん、美代もだ。
しばらくすると、トントン…と軽やかな足取りが聞こえ、だんだんこちらへと近くなる。
(榎本さまだわ、きっと)
鹿乃子はすっくと立ち上がり、教室後ろの引き戸へ歩いていった。
「良かったわ、待っていてくださったのね?」
優しい声音は、やはりその人。
「こちらこそ、わざわざお運びいただいて、恐れ入ります」
鹿乃子は、感謝の気持ちを精一杯込めて、榎本さんにお礼を述べた。
「…それにしても」
鹿乃子を眺めて微笑む榎本さんに、つい
「はい?」
と、鹿乃子は訊いてしまう。
「こんなにあどけないのに、先程の四年生を相手の応対、剛胆でしたわね。さすがは『四神家』の筆頭、朱雀一族のお嬢様だわ。いえ、女学生にしておいてはもったいない。男装して、近衛兵(ガーズ)のお一人として宮様方をお守りなさって、活躍されても良いほどの小気味良さ」
「と、とんでもありません。私なんてそんな…そ、その、はねっかえりだとは、家でいつも笑われておりますけれど…」
榎本さんの褒め言葉に、鹿乃子は照れてうつむいてしまったが、はっと我に返る。
「あ、あのっ、りぼんのことで、どうしても不思議で、気になってしまって…」
咳き込むように尋ねると、榎本さんは、ほんのり、笑った。
「私も、驚いたわ。皆が皆、次々にりぼんを頭に載せてきたでしょう? 私、お願いも何もしてないのよ、本当に」
「じゃあ、…榎本さまは、どうして一番初めに、りぼんをつけていらっしゃったのですか?」
「ちょっ、ちょっと、鹿乃子さん。そんな、上級生にあけすけな物言いをなさっちゃ…」
美代が止めたが、
「だって、不思議なんですもの。最初の日の榎本さま、とても、凜としていらっしゃいました」
鹿乃子は、言葉が止まらない。
「…ふふ…。本当に、朱宮さまって、まっすぐな方なのね。いいわ。あなた方お二人にだけ、話しましょう。でも、このことは一切、他言無用で願いましてよ?」
「無論!」
間髪を入れずに、鹿乃子は答える。
「じゃあ、お話しますわ。…私ね、この学校に心を寄せている方がいるの。でも、その方はちっとも私の気持ちに気づいてくださらなくて…じゃあ、何か他の方と違う、目立つ印をつけたら、私の方へ振り向いてくださるかも…そう思って、りぼんをつけたのよ」
「はあ…」
「そうしたら、次の日からあの騒ぎでしょう? 私、全然目立たなくなってしまったのよ。皮肉な物ね…」
そう言って、榎本さんは、ちょっとうつむいた。
「でも、りぼんがこんなに広まったのは、榎本さまだったからだと思います!」
鹿乃子は、夢中で返していた。
「他の誰かがしても、こんなに皆が真似をするなんて、ないと思います。きっとそれは、きっと…上手く言葉にできないんですが、榎本さまが『ちゃあむ』をお持ちだからって…思いますっ」
『ちゃあむ…?』
榎本さんが、顔を上げて鹿乃子を見る。
「はい! 皆が榎本さまに憧れていなければ、こんなにりぼんだらけにはならないと思います。だから、だから…いつか、きっと、想い人の方にも、榎本さまの『ちゃあむ』が伝わるって、私、思います!」
顔を赤くして一気にしゃべる鹿乃子に、始めぽかあんとしていた榎本さんは、そのあと、にっこりと大輪のほほえみを返した。
「ありがとう。あなたは直宮様方々だけじゃなくて、私まで護ってくださるのね。…元気が出てきたわ。その方にこちらを向いていただけるよう、頑張ってみます」
「そ、そんな、もったいない! 私なんか、ただの一年生で…」
「ただの一年生なわけ、ないじゃないの。本当にあなた、ただ者じゃないのね」
あわてる鹿乃子の後ろで、美代がため息交じりに呟いた。
(おわり)
2012年6月30日土曜日
りぼん。(3)
「…そうだわ!」
しばらく考えていた鹿乃子は、何かを思いついたらしく、パンと手を叩いた。
「どうなさったの?」
怪訝そうな美代に、
「わからないなら、教えていただけばいいのよ。私、今から四年楓組へ行ってまいります」
明快に、微笑みながら、鹿乃子は話した。
「とんでもない! おやめなさいな! そもそも一年から四年のお教室へ訪ねるなんて、聞いたことがないわ。それに、どんな意地悪を言われるか…鹿乃子さん、ご自分から辛い思いをなさるべきではないと思うわ」
今までの憤慨ぶりはどこへやら、慌てふためく美代に、鹿乃子はもう一度、にっこり。
「大丈夫だと思います。大した事をうかがうわけでもなし、それより私、今のこのもやもやした不思議な気持ちを何とかしたい気持ちの方が、大きいんですもの」
言うなり、淡い藤色の銘仙の振り袖に、海老茶の袴を翻し、トントン…と鹿乃子は上級生の階へと階段を上がって行った。
その後を、心配半分、物珍しさ半分の美代が急いで続く。
時は、昼食休み。
「御免下さいませ…」
後ろの開いている引き戸に立ち、鹿乃子は四年楓組へ初めてのご挨拶をする。
「あら、だあれ、あの小さな子は」
「さあ…藤色の銘仙と言うことは、どこかの藤組の下級生ね?」
「はい。一年藤組でございます」
「マア、一年生!」
「こないだまで小学部さんだったおちびさんが、よくまあ四年の教室へ来られたこと!」
たちまち、わらわらと物見高く、朱色の銘仙姿のお姉様達が、二人の一年生を取り囲む。
美代はもうおじけづいてしまって、身を固くして震えている。
その前に守るように立つ鹿乃子は、いつも通り、泰然と構えて次の用件を告げる。
「お話をうかがいたい方がこちらにいらっしゃると聞いて、私、参りました。榎本…さま、でしたでしょうか? 私、りぼんの事でどうしても不思議でたまらない事がございまして…」
鹿乃子の話を遮るように、級長格でもあろうか、見るからに押しの強そうな強面の上級生が、鹿乃子をじろり、と睨んで問い詰める。
「お待ちなさい。あなた、最下級生のくせに、上級生に対する礼儀もわきまえていないの? 許可もなしに上級生の教室を訪れるなど、もってのほか。それに何より、まず自分から名を名乗るのが礼儀っていうものでしょう? 恥を知りなさい!」
そうよそうよ、という四年の声に、鹿乃子の背中に隠れたままの美代は、半べそをかいている。
しかし、鹿乃子は臆せずに
「許可が必要な事、存じませんでした。申し訳ございません。それから、申し遅れましたが、私は一年藤組の、朱宮(あけのみや) 鹿乃子と申します。私の後ろにおりますのが、お友達の美代さんでございます」
この鹿乃子の名乗りに、一転、四年のお姉様がざわざわと動揺しはじめた。
「朱宮…って言ったわね、この子」
「じゃあ、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家で司られている、直宮家の近衛役、『四神家』の…?」
「そう言えば、聞いたことがあってよ。今年は小学部から一人、四神家のご令嬢がご入学あそばすってお話…」
「こんなにがんぜなくていらっしゃるのに、おさすがねえ…。上級生相手でも、お顔色一つお変えにならなくてよ」
おやおや、鹿乃子の名乗り一つで、四年のお姉様たちは一年に敬語を使い出してしまった。
『四神家』などという家柄や決まり事を知らない美代は、雨が止んで急に青空が広がってしまったような周囲の変わりように、きょとんとしている。
鹿乃子は、続ける。
「お騒がせして、申し訳ございません。私はただ、榎本さまとりぼんのお話をさせていただきたいだけなのですが…叶いますでしょうか?」
すると、一番廊下から離れた窓際から、一人の嫋々とした人影がすっくと立ち上がり、その場で鹿乃子に話しかけた。
「お運びいただいて、有り難う。でも、もうお休み時間も少なくてよ。もし朱宮さまがおよろしければ、
放課後、私の方から一年藤組へお邪魔しますわ。…それでも、よくって?」
「はい! 喜んで。お待ち申し上げております!」
鹿乃子は、笑顔満面でお返事をした。
榎本さんが、過剰すぎない敬語を使って話されるのにも、好感をもった。
(つづく)
しばらく考えていた鹿乃子は、何かを思いついたらしく、パンと手を叩いた。
「どうなさったの?」
怪訝そうな美代に、
「わからないなら、教えていただけばいいのよ。私、今から四年楓組へ行ってまいります」
明快に、微笑みながら、鹿乃子は話した。
「とんでもない! おやめなさいな! そもそも一年から四年のお教室へ訪ねるなんて、聞いたことがないわ。それに、どんな意地悪を言われるか…鹿乃子さん、ご自分から辛い思いをなさるべきではないと思うわ」
今までの憤慨ぶりはどこへやら、慌てふためく美代に、鹿乃子はもう一度、にっこり。
「大丈夫だと思います。大した事をうかがうわけでもなし、それより私、今のこのもやもやした不思議な気持ちを何とかしたい気持ちの方が、大きいんですもの」
言うなり、淡い藤色の銘仙の振り袖に、海老茶の袴を翻し、トントン…と鹿乃子は上級生の階へと階段を上がって行った。
その後を、心配半分、物珍しさ半分の美代が急いで続く。
時は、昼食休み。
「御免下さいませ…」
後ろの開いている引き戸に立ち、鹿乃子は四年楓組へ初めてのご挨拶をする。
「あら、だあれ、あの小さな子は」
「さあ…藤色の銘仙と言うことは、どこかの藤組の下級生ね?」
「はい。一年藤組でございます」
「マア、一年生!」
「こないだまで小学部さんだったおちびさんが、よくまあ四年の教室へ来られたこと!」
たちまち、わらわらと物見高く、朱色の銘仙姿のお姉様達が、二人の一年生を取り囲む。
美代はもうおじけづいてしまって、身を固くして震えている。
その前に守るように立つ鹿乃子は、いつも通り、泰然と構えて次の用件を告げる。
「お話をうかがいたい方がこちらにいらっしゃると聞いて、私、参りました。榎本…さま、でしたでしょうか? 私、りぼんの事でどうしても不思議でたまらない事がございまして…」
鹿乃子の話を遮るように、級長格でもあろうか、見るからに押しの強そうな強面の上級生が、鹿乃子をじろり、と睨んで問い詰める。
「お待ちなさい。あなた、最下級生のくせに、上級生に対する礼儀もわきまえていないの? 許可もなしに上級生の教室を訪れるなど、もってのほか。それに何より、まず自分から名を名乗るのが礼儀っていうものでしょう? 恥を知りなさい!」
そうよそうよ、という四年の声に、鹿乃子の背中に隠れたままの美代は、半べそをかいている。
しかし、鹿乃子は臆せずに
「許可が必要な事、存じませんでした。申し訳ございません。それから、申し遅れましたが、私は一年藤組の、朱宮(あけのみや) 鹿乃子と申します。私の後ろにおりますのが、お友達の美代さんでございます」
この鹿乃子の名乗りに、一転、四年のお姉様がざわざわと動揺しはじめた。
「朱宮…って言ったわね、この子」
「じゃあ、朱雀・青龍・玄武・白虎の四家で司られている、直宮家の近衛役、『四神家』の…?」
「そう言えば、聞いたことがあってよ。今年は小学部から一人、四神家のご令嬢がご入学あそばすってお話…」
「こんなにがんぜなくていらっしゃるのに、おさすがねえ…。上級生相手でも、お顔色一つお変えにならなくてよ」
おやおや、鹿乃子の名乗り一つで、四年のお姉様たちは一年に敬語を使い出してしまった。
『四神家』などという家柄や決まり事を知らない美代は、雨が止んで急に青空が広がってしまったような周囲の変わりように、きょとんとしている。
鹿乃子は、続ける。
「お騒がせして、申し訳ございません。私はただ、榎本さまとりぼんのお話をさせていただきたいだけなのですが…叶いますでしょうか?」
すると、一番廊下から離れた窓際から、一人の嫋々とした人影がすっくと立ち上がり、その場で鹿乃子に話しかけた。
「お運びいただいて、有り難う。でも、もうお休み時間も少なくてよ。もし朱宮さまがおよろしければ、
放課後、私の方から一年藤組へお邪魔しますわ。…それでも、よくって?」
「はい! 喜んで。お待ち申し上げております!」
鹿乃子は、笑顔満面でお返事をした。
榎本さんが、過剰すぎない敬語を使って話されるのにも、好感をもった。
(つづく)
2012年6月28日木曜日
りぼん。(2)
「切り下げ組」は、鹿乃子や美代だけではない。
まだ小学部から上がって間もない、このあいだまで「少女倶楽部」を読んでいたような幼い風情を残した下級生の中に、かなり多く残っている。
それが、なんと。
おつむの上や耳の横に、ピンで留めて、ちょん。
髪の長い生徒と同じく、りぼんがひらめいている。
まるで、年一回の開港祭の時のように、小旗がひらひら。
あちらにも、こちらにも。
「全くもう、憤慨しちゃうわ!」
今やかなりの少数派となった鹿乃子に並んで、美代は頬を膨らませて見せた。
「でも…」
鹿乃子が、呟く。
「どうして、あの榎本さんという方お一人が始めただけで、こんなに皆が真似るんでしょう?」
「何かの熱病みたいよね、おお、こわ」
美代は、どうにもこの馬鹿騒ぎに賛成しかねる様子だった。
「先生方は、どう思っていらっしゃるんでしょう…?」
「お教室で、誰かが得意げに吹聴していたわ。地味だし、よその学校の洋制服のすかあふや髪ごむとも同じ色ばかりなので、先生方もお叱りになる理由が見あたらないのですって」
「はあ…」
「それにね、鹿乃子さん。最近また、変な流行が始まったんですってよ」
「まあ、どんな?」
「特別にお仲良しになりたい方同士で、示し合わせて、同じ日に同じ色のりぼんを付けて登校してくるのですって! 同級生ならともかく、上級生の方ともそんな事をしてる方、いるそうよ!」
目をつり上げて説明する美代を、鹿乃子は窓ぎわに並んでじっと見ていたが、やがて、こらえきれずにプッと噴き出した。
「あら、失礼だわ鹿乃子さんたら。私、何かおかしい事言ったかしら?」
「あ、ちがうのよ、美代さん。許して頂戴。…だって、お嫌いな割には、りぼんの事について、とてもとても詳しくていらっしゃるんだなぁ…って思ったら、ちょっと…可笑しくなってしまって…」
ちょっと目尻を赤くして窓へ向き直る、美代。
その隣に立ち、やっぱり鹿乃子は疑問の霧が晴れなかった。
(榎本さん…なんて、不思議な方…)
まだ小学部から上がって間もない、このあいだまで「少女倶楽部」を読んでいたような幼い風情を残した下級生の中に、かなり多く残っている。
それが、なんと。
おつむの上や耳の横に、ピンで留めて、ちょん。
髪の長い生徒と同じく、りぼんがひらめいている。
まるで、年一回の開港祭の時のように、小旗がひらひら。
あちらにも、こちらにも。
「全くもう、憤慨しちゃうわ!」
今やかなりの少数派となった鹿乃子に並んで、美代は頬を膨らませて見せた。
「でも…」
鹿乃子が、呟く。
「どうして、あの榎本さんという方お一人が始めただけで、こんなに皆が真似るんでしょう?」
「何かの熱病みたいよね、おお、こわ」
美代は、どうにもこの馬鹿騒ぎに賛成しかねる様子だった。
「先生方は、どう思っていらっしゃるんでしょう…?」
「お教室で、誰かが得意げに吹聴していたわ。地味だし、よその学校の洋制服のすかあふや髪ごむとも同じ色ばかりなので、先生方もお叱りになる理由が見あたらないのですって」
「はあ…」
「それにね、鹿乃子さん。最近また、変な流行が始まったんですってよ」
「まあ、どんな?」
「特別にお仲良しになりたい方同士で、示し合わせて、同じ日に同じ色のりぼんを付けて登校してくるのですって! 同級生ならともかく、上級生の方ともそんな事をしてる方、いるそうよ!」
目をつり上げて説明する美代を、鹿乃子は窓ぎわに並んでじっと見ていたが、やがて、こらえきれずにプッと噴き出した。
「あら、失礼だわ鹿乃子さんたら。私、何かおかしい事言ったかしら?」
「あ、ちがうのよ、美代さん。許して頂戴。…だって、お嫌いな割には、りぼんの事について、とてもとても詳しくていらっしゃるんだなぁ…って思ったら、ちょっと…可笑しくなってしまって…」
ちょっと目尻を赤くして窓へ向き直る、美代。
その隣に立ち、やっぱり鹿乃子は疑問の霧が晴れなかった。
(榎本さん…なんて、不思議な方…)
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